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海に映る月の道 〜last tango in Paris〜
第4章 Valet & Earl 〜従者と伯爵〜
「…旦那様…!」
驚く狭霧の眼の前に、北白川伯爵はゆっくりとしなやかに歩み寄る。
…夜間飛行が華麗に薫る。

そうして、西条の前に立つと王が下人を睥睨するかのように男を見下ろした。
「私の従者に、何の御用でしょうか?
西条さん」
「…き、北白川…伯爵…!」
西条は北白川伯爵から溢れでる眼に見えぬオーラと存在感と一流の紳士のみが持つ気高さと自信に気圧されたかのように、口籠もった。

伯爵はその整った貌ににこりと笑みを浮かべた。
「…私の従者はまだ新人ゆえに、貴方に何か無作法な振る舞いをしたのでしょうか?」
「…い、いいえ…その…ようなことは…」
西条は伯爵の前では借りてきた猫のように小さくなった。
更におどおどと落ち着かない仕草だ。

「無作法はなかったのですね?
それは良かった」

「…は、はあ…」
たじたじと狭霧から離れようとする西条に、伯爵はさらりと釘を刺す。

「…西条さん。
貴方も貴族の御子息ならお分かりでしょう。
…主人にとって従者は謂わば、合わせ鏡のような存在です。
つまり、従者を悪し様に罵ることはその主人をも罵ることと同様なのですよ」
「…き、北白川伯爵…わ、私は別に…」
「…今後、私の従者に対して悪意を持って絡んだり罵倒した場合、それは私に対して仇をなしたと見なします」

西条が慌てて北白川伯爵に縋る。
「ちょ…ちょっと待って下さい!」

伯爵がにやりと色悪めいた笑みを口元に刷き、西条を見遣る。
「…貴方のパリでの乱行ぶりや法律ぎりぎりの悪行を、日本のお父上がお知りになったらなんと仰せられるでしょうね?
直ぐに帰国命令を下されることでしょう。
ああ、もっともそれだけで終われば良いのですが…。
…パリ市警も最近は上流階級の邦人留学生にも容赦はしません。
薬物売買の上客は日本人留学生とは周知の事実。
彼らは苦々しく思っているのですよ。
もし、逮捕され取り調べ…となっても、私は公使として便宜は図りかねますね。
パリ市警には公平な判断を委ねます」

西条は狐目を見開き、真っ青になった。
「わ、分かりました…!
も、もう二度と彼には近寄りません!
か、神に誓います!」
そのままあたふたとバルコニーから離れ、つまづきながら大広間に戻っていったのだ。



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