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ある冬の日の病室
第5章 雪の降る夜
 退院の日が近づく。いよいよ僕はこの病院を去らなければならない。里奈の口でいかされた日から、僕は里奈に会っていない。
「できれば もうひと月ほど滞在したいんですが」と言いたいところだが、ここはホテルではない。「里奈はどうしているのか?」と訊ねる相手が残念ながらここにはいない。だから里奈のことを足立看護師に訊くわけにもいかず。僕は悶々とした時を過ごしていた。
 病室に誰かの見舞いに来た人の声が聞こえたのだが、今日の夜からこの辺りは大雪になるそうだ。大雪を理由に退院を伸ばしてもらおうと、そんな考えが一瞬頭を過ったが、大雪のせいで退院が伸びた例など、日本のどこの病院を探してもないだろう。
 病院を去ることで、量も味も今一つの病院食と、足立看護師の嫌味と皮肉から離れることができるのだが、里奈と別れることの方が、僕には辛い。
 そんなことを考えながら眠りについた。残念ながら甘い匂いの誘いはその夜なかった。だから里奈には会えなかったのだ。
 元気な胃腸が僕を起こした。
「私に会えるのもあとわずかね。何度も言うけど私結婚してるからね。好きにならないでよ」
「……」
 足立看護師のいつものジョーク。本当に食欲がなくなるので、お願いだからやめて欲しい。
「退院の日は朝食が出るから、コンビニなんか行かなくて大丈夫よ。豪華な朝食が食べられなくなるわね」
「また朝御飯食べに来てもいいですか?」
「お断りよ」 
 声が大きかったのか、このやり取りを同部屋の他の患者さんたちに聞かれて笑われた。
 ヨーグルトのようなものをスプーンで口に運びながら里奈のことを思った。いや里奈の事しか考えられない。
 退院して家に帰るということは、里奈に会えなくなるということだ。もちろん会いに来ることだってできないわけではない。でも、それは里奈が受け入れてくれない。
 ご主人がいて、中学三の年生のお子さんがいるのだ。そういう生活を抱えて、里奈が僕と会ってくれることなどありえない。
 でも、僕はどうしても里奈と何らかの形で繋がっていたい。退院したら赤の他人なんてのは御免だ。でもどうすれば里奈と繋がっていることができるのだろうか。
 昼食も夕食も済み、いよいよ消灯の時間を迎える。
 もう僕は里奈と会うことができないのだろうか?
 病室の誰かが言った。いよいよ雪が強くなってきた、と。
 
 
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