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だから先生は頼りない
第2章 爪先

「夕飯なに?」
 橙色の夕日に照らされた母が首を少し傾げてこちらを見上げる。
 何気ないそんな仕草一つが絵になる。
「タジン鍋。あと、香草チキンのグリル焼き」
 同年代の女子に興味がわかない理由の一つに母があるだろう。
「いいね」
「いいでしょう」
 ゆったりと歩く速度も、焦れったい帰路も。

 自室のベッドに沈み込んで深く息を吐いて、そのままどこまで息を吐けるか挑戦したあとに襲ってきた頭痛で早速の自己嫌悪。
 暇人かよ。
 ゴロンと仰向けになって、読みかけの新刊が頭にぶつかって手に取るも、読む気にはならず床に放った。
 モノクロのカーペットに跳ねて、開いたまま落ちた。
 湿り気のある部屋の空気を吸いながら、閉じたカーテンから漏れる光をなんとなしに眺める。
 ここに帰ってくると満たされる安心感はなんなんだろう。
 小さい頃から家は頼り甲斐のある空間だった。
 それはひとえに両親のおかげだろう。
 乱さず、乱さず、子供に負担をかけず、平和を保ってきた。
 友人の家族事情を聞いていると、それがいかに奇跡的か思い知った。
 蜂須賀の家は契約結婚のように両親が他人行儀で嫌なのだと。
 有我の家は、母と二つ上の姉が精神が弱く通院治療を続けているのだとか。
 針谷の家はどうなんだろう。
 三十四ともなれば、親だって介護の時期になってくるだろう。
 子供か。
 誰かの子供なんだな。
 そう考えると不思議だ。
 幼少期、初めて実家を訪ねた時、父の両親に会った感覚は忘れられない。
 父を産んで育てた祖母は、とても遠く近しい不思議な空気をまとっていた。
 俺にもこの人の血が流れているのだと考えると、なんだか抱きつきたくなって飛びついた。
 その時に優しく抱きしめ返されたのが強烈だったのだ。
 両肩に手をかけて、自分を抱きしめてみる。
 あの頃は、愛されているとか、見守られているということに鈍感だった。
 今だって十分自覚しているのかは定かではないけれど。
 感謝はしている。
 だから、針谷への好意をとても伝えられない。
 相談なんてできるはずがない。
 中学に上がって、色気付きなさいと母はからかい、父はそのうち洗練されると微笑んだ。
 まさか男を、教師を好きになるなんて思ってもいないだろう。
 ああ、虚しい。
 この恋は、実らないのが決定している。
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