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だから先生は頼りない
第1章 指先
その範囲の広さに不満の声を上げる生徒たちをじっとりと眺め回し、白く汚れた指先を春先に合う新緑のセーターに擦り付けながら針谷は唇を開いた。
「今、えーって言った奴全員起立。もしくは今すぐ姿勢を正しなさい」
圧するような口調は空気を律する。
鮮やかに、一瞬で。
俺も声を漏らしていたので、背筋をすぐに伸ばしたが、すぐに立てばよかったと後悔した。
もうタイミングを逃してしまったが、立てば先生の目にまた入れたのに。
静かになった教室に無言で頷いて、教科書を閉じ脇に挟む。
「じゃあ、今日はここまで。日直、黒板消しといてください」
挨拶もそこそこに出て行く背中を見送る。
終わってしまった。
なんて早いんだろう、四十五分というのは。
大学だったらいいのに。
先生の講義だけ何個も受講して、九十分かける何コマか顔をずっと見られる。
「しーんじょ、悪かったな」
コンコンと机の端を叩いて悪戯っぽく笑い手を合わせる蜂須賀。
「でもお陰で針谷と話せたじゃなーい?」
こいつの謝罪はコンマ数秒も持たない。
おかま口調にイラついて膝をつま先で軽く蹴る。
「お、ま、え、は、童貞捨てる計算でもやってろよ」
「捨てたわ。痛って親友になんてこと」
「このくらいで辞める友情ちげーだろ」
「へへへへっ、新城ちゃんは素直ですねー」
殺意を引きずり出す天才だ。
いちいち構っても疲れるのはお互いわかっているので、フェードアウトさせて昼休みの行動に移る。
俺は購買部にパンを買いに、蜂須賀は弁当を持って渡り廊下のソファを占領しに。
教室で食べるのは、妙にいろんな臭いが混ざって嫌だと言い始めたのはどっちだったか。
男だけの教室のむさ苦しいこと。
その原因の一つである自覚もあるので、外に出ることを選んだのだが。
履きつぶした上履きの踵に煩わしさを感じながら、玄関横の人だかりに近づく。
その中心にカウンターがあり、パンが並べられている。
チャイムが鳴ったのは、フランスパンを手にした瞬間で、階上から沢山の足音が迫るように聞こえてきた。
「これと、ドーナツちょうだい」
「はい、二百六十円ね」
「ありがとうございます」
ビッとマジックを引かれた二つの袋を受け取り、階段に足を向けた体が硬直した。
目の前に針谷がいて、危うくぶつかりかけたのだ。
「おっと……」