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末に吉をあげる
第1章 末に吉をあげる
俺の曖昧な回答に類沢が首を振る。
「文字を見るとそのまま、末に吉が訪れるんだろ。今年は一年、それほど良いことはないかもしれないけど、終わりは吉。瑞希にとって嬉しいことが、僕と一緒にいることなら、末に吉をあげる。年末また一緒に過ごそう」
一気に言われた羅列は、あまりにも優しい響きを選んでいた。
だから、俺は反応がすぐには出来なかった。
「……いきなりそんなこと言わ……な、いでくださいよ。なんで今日そんなに慰めてくれるんですか」
泣きそうだった。
今にも瞼を涙が覆って、世界が揺れ出す。
「俺、よりによって凶なんですよ」
「危うい先の終わりは吉が待ってる。そう考えたら悪くないと思うけど」
「俺の読みましたね」
「相当落ち込んでたから」
そんな風に変換するなんて。
俺を元気付けるため?
風が木々の隙間を駆け抜けて、積もった枯れ葉を拐っていく。
綺麗な場所だ。
空気が澄んでいる。
「元気出ました。大事にします、その吉」
「降りようか」
類沢は俺の目尻を指で拭い、くしゃりと髪をかき上げた。
くすぐったくて、冷たい。
長くて白い指。
「降りましょうか」
少し休んでから出発したかったから、喫茶に入ることにした。
抹茶と餅を注文する。
椅子に畳のようなシートを引いた和式の席に通された。
暖かい店内は会話も穏やかにしてくれるのか、客は皆力を抜いて談笑している。
冷えた手を揉みながら、俺は向かい席の類沢を見つめた。
「あの」
思ったよりも喉が乾いていたようで、お冷やで喉を潤す。
「……あの、さっきの言葉信じていいですか」
我ながら、面倒臭い質問。
呆れられる。
こんなの。
「疑っててもいいけど」
類沢は手を蒸したお手拭きで清めながら答える。
「あまり簡単に僕が捨てるとか考えないで欲しいかな。雅樹の件は全部話したから、不安はあって当然だろうけど」
「どこまで見破ってんですか……」
「九年長く生きてるお蔭じゃない?」
そんなのそうだけど。
それだけじゃない。
三十前後が皆こうなんて堪ったものか。
特別。
「帰りたくない……」
無意識にポロリと零れた本音を掬って、類沢は不敵に微笑んだ。
「メインはこれからじゃなかった?」