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こころから
第52章 久美子26
 黒いパンプス。
みんなぴかぴかなのに、私のだけくすんでいる。
履いた記憶はないけど、ちゃんと黒いストッキングも履いている。
手に数珠を持って、前のひとの踵についていく。
お経を読む朗々とした声が、現実から逃げ出そうとする私を繋ぎ止めている。

 順番がきて、手が震えてうまく抹香を摘まめなかった。
合掌して、思わず顔を上げてしまって、
遺影の直人くんの笑顔が目に飛び込んできて、
皮膚だけでなく、体の中まで鳥肌が立ったと思う。
直人くんとの思い出が一気に頭の中に溢れ、
息ができなくなり、何も聞こえず、
直人くんの笑顔以外、もう何も見えなくなった。

 やっぱり現実だ。
間違いなく、直人くんのお通夜だ。

 もう直人くんには会えないのだ。
もう笑いかけてくれないのだ。
もうやさしく頭を撫でてくれないのだ。
二度と抱いてくれないのだ。
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