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第1章 直人

(おしっこ出ちゃった)

　文字が、ふたりのときにだけ聞かせてくれる甘え声で脳内再生される。
ぼくの母のような年齢だが、
久美子さんはおばさんじみていない。
女を捨てているようなうちの母とは雲泥の差だ。
久美子さんはぼくの中の五十代女性のイメージを完全に覆した。
おばさんではない大人の女性。
無邪気な久美子さん。

(くしゃみで出ちゃったんだ)

(ちょっとよ。ほんの少しだけ)

(大丈夫ですか？)

(平気。準備は万全だもん)

　更年期に差し掛かってから、
くしゃみをしたときや階段を駆け下りたとき、
重いものを持ち上げたりしてお腹に力が入ったとき、
まれに軽度の尿失禁をしてしまうらしい。
もしもの時のためにと、
久美子さんは普段からそれ用のパッドを下着に装着している。