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Intermezzo(インテルメッツォ)
第1章 Intermezzo(インテルメッツォ)
「この曲を聴くと懐かしい気がして胸が熱くなって涙が出そうになるの。特別な思い出とかないのに。ねえ、なぜだと思う?」

 マッキントッシュのカーオディオから、マスカーニのインテルメッツォが穏やかに響き、夜を走る車の中を満たしている。

 クラシックファンに有名なこの曲は、オペラ『カヴァレリア・ルスティカーナ』の幕間に流れる間奏曲だ。宗教的な神々しささえも感じられる静謐なストリングス。オペラ・タイトルのイタリア語の密やかな響きと裏腹に、その内容は、男女の生々しい愛憎と決闘や殺人を描いた陰惨なものだ。

「旋律の持つ特色が具体的なイメージを呼び起こし、君自身が、無意識に君の記憶の中を検索してヒットした遠い記憶を浮かび上がらせるのではないかな。たとえ君が忘れたと思っていても。君はヨーロッパにいた幼い頃に、キリスト教に接した経験があるよね」

 両親の仕事の関係で、わたしは多感な幼少期をフランスとドイツで過ごした。キリスト教徒ではないが、確かに彼の言うとおり、父か母と礼拝中の教会を訪れた記憶がある。

「宗教的なものを意図して作曲された曲ではないのに、この曲を聴くと神を感じるような気がするわ」

 シフトノブに置かれた彼の手にそっと触れてみる。触れた指先から愛おしさが広がって、わたしの胸に鈍い痛みのような彼への思いが突き上げてくる。触感がわたしの中から呼び起こす感情。

 でも…彼の手だとわからなければ、この感情は生まれないのだろうか。

 よろしい。試してみよう。

 目を閉じ、再び彼の手に触れようとした。しかし伸ばした指先が触れたのは温かな彼の手ではなく、硬いシフトノブだった。

「何をしているんだい」
「ううん。何でもない」

 はぐらかされたわたしは、恥ずかしくて顔が熱くなった。不思議そうに聞く彼を、照れながらも、気づかれないように慌ててごまかす。

「あっ…」

 シフトノブから引っ込めようとしたわたしの手に、彼の温かで大きな手が重ねられた。そしてそっと握られ、彼とわたしの手でギアチェンジ。

「君に触れると、涙が出そうなほど君への想いがこみ上げてくるんだ。なぜだと思う?」
「それは…」

 わたしも同じよ、と続くはずの言葉は、わたしを暖かく満たした彼からの愛情で胸がいっぱいになってしまい、言えなかった。





 𝑭𝒊𝒏
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