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張型と旅をする女
第2章 出会い
「夜も明けきらぬうちから一杯頂くのはいいですね。そしてあなたは東北から山陰へ、ずいぶん長旅をしていらっしゃる」
この地酒は稀少性が高く県外へあまり出回らない。現地で調達したはずだ。どんなルートで山陰まで。一体何日かかったのだろう。
女はふふふっと笑うと
「時間は多分、いくらでもあるのよ。贅沢をしなければそこそこのお金で長旅も出来るのよ」
宿や食事の質、列車の等級を選ばなければ確かにそうかもしれない。
「あなたひとり旅でしょう。良縁をお願いしましたか」
紅い唇がクイッとお猪口を煽った。
「ひとりは正解ですが、お願い事ではなく愚痴をぶちまけたのです」
「あら」今度は鈴が鳴るように笑うと「破談にでもなったのかしら」
「ええ。その通り」
相手が臆することなく聞いてくるので、勢いで今まで起こったことを話してしまった。隠すことではないし、旅の恥は掻き捨てだ。
酒をひと口呑む。想像していたより辛口で度数も高くちょっと驚いた。
数年前に一度口にしたことがあったが、人の記憶とはなんと曖昧なものか。
「逃げられてしまったのね」
「ええ」
「私」は新卒で入社した会社を退職し、二人で生活するはずだったアパートも解約してトランク一つ持って地方を転々としていることなどを話した。
女は相変わらず狐の面のような顔で聞いていた。
「でも未練とかそういう非生産性な感情はありません。冷たい人間なのですよ」
実は「私」は早くも酔いがまわっていた。
振動のある列車内で慣れない日本酒を飲むんじゃなかった。
「わたくしはその逆。情愛に満ちていて独占欲が強く強欲だわ」
酔った「私」に気付いているのかわからないが、女は窓の外を遠い目で見つめた。