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ネコの運ぶ夢
第12章 夢幻のネコ
〜The cat in the dream〜

朝起きたら、音子が消えていた。

トイレにも、風呂場にもいない。玄関に靴がない。鍵はかかっている。部屋着は畳んで置いてあり、一番最初に音子が着てきた服だけが見当たらなかった。

どこに行った?思えば昨晩、彼女の様子はちょっとおかしかった。
なにか言いたそうにしていた。

そのうち帰ってくるだろう、などとは絶対思えなかった。こんなことは初めてだったし、音子に行くあてがあるとは思えない。

もともと彼女のいたところを除いては、だ。

そして、急にいなくなったところをみると、なにか事情があるに違いない。
昨日ことが思い出される。あの場違いな黒尽くめの男性。あいつが関わっているのだろうか。

とにかく探さないと。

俺はスマホを手にして、会社に今日一日休暇を取るべく電話をしようとする。が、寸手で思いとどまった。

探してどうする?誘拐されたわけでもなければ、犯罪の証拠があるわけでもない。
そもそも、音子の家族が訴えたら俺の方が負ける可能性すらある。

俺は音子にとって何者でもないのだ。
探す権利なんて、ありはしない。

スマホを握りしめて呆然とする。どうしたらいいのだろう?いや、どうもできない。

元の生活に戻っただけだ。

第一、あいつがいた事自体、本当に現実だったのだろうか?
孤独のあまり俺が見た夢だったんじゃないだろうか?

ガランとした部屋。たしかに音子用に買い足したカラーボックスに女物の衣類が数点入っている。玄関にはこれも音子のために買った青色のビニール傘がある。

でも、それだって、俺が妄想の中で勝手に買い揃えたものではないと誰が言える?
一緒に飯を食ったことも、
同じところで眠ったことも、
雨の日に同じ傘に入って歩いたことも、
七夕のお参りをしたことも、
海を歩いたことも、
実在しない、「音子」という人間を俺が妄想したのではないと、本当に言えるのだろうか?

何分ぐらいそうしていたのだろうか。結局、俺は電話をかけることも、朝食を準備することもできなかった。仕事だけは行かねばと思い、重い体を引きずるようにして準備をした。
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