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主婦という枯れない花
第1章 主婦という生き方
近所の婦人科の小さな待合室で美樹は夕食の献立を考えていた。
昨日は和食だったから今日はパスタにしようか、それとも実家から送られてきた野菜を使って、おでんでも煮込もうか。
いろいろ考えているところに受付から呼び出しを受けた。
「牧さん。牧 美樹さん」
大きい病院では番号で呼ばれるところが多くなってきたが、この病院では呼出札なんてものはなく名前をそのまま呼ばれてしまう。
『牧 美樹』
似たような発音の苗字と名前。
結婚を決めた当時は些細な事だと思っていたが、その苗字で呼ばれる度に少しの引っ掛かりのようなものを感じるようになり、少しずつ違和感が膨らんでいた。
夫の姓を名乗る事で夫の付属品となった気がして、苗字に対する違和感も重なり、何か重石のような物がのしかかっている様な気分になる。
薬を受け取り会計を済ませ病院を出たところで携帯の通知を受け取った。
【今日は帰りが遅くなる。晩飯も済ませて帰る】
夫からのいつものメッセージだった。
夕食はありあわせで済ますことにしよう。

娘の絵梨佳が今年の春から地方の大学に通う事になり一人暮らしを始めてから夫は帰りが遅くなることが増えた。
一人暮らしする事を最後まで娘は迷っていた。
小さい頃からサッカーに打ち込み、都選抜に選ばれるようになり名古屋の有名なコーチの居る大学から誘いを受けるまでになった。娘が名古屋に行きたい気持ちが強かったのは分かっていた。迷わせたのは私と夫の間に流れる空気感だ。
私が短大を卒業して就職した地元の信用金庫で夫と出会った。絵梨佳を妊娠し結婚したのが24歳の事だった。
出産以降は子ども中心の生活になり、夜の営みの回数も少なくなっていき、今では完全なセックスレスとなった。
夫婦の会話も少なくなっていき娘を介して話をする事が多くなった。娘は自分が居なくなった後の私達夫婦を心配したのだろう。
そんな事で夢を諦めて欲しくなかった。
最後は私が背中を押す形で娘は家を出ることを決めた。

生活の中心だった娘が居なくなって実感する。私の人生が今まで娘の人生について回る付属品だった事に。
苗字が変わってからは、夫の妻。
娘が生まれてからは、娘の母親。
私の人生の中心は私では無かったのだ。

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