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天狐あやかし秘譚
第19章 拈華微笑(ねんげみしょう)

☆☆☆
靖国神社の敷地内に、遊就館という戦争についての展示をしている博物館のようなところがある。前に一度行ったことがあった。
実物大の零式戦闘機がエントランスに展示されているパビリオンの前に私達はいた。
「ここからは、私だけで行きたい」
と言ってみるが、さすがにそれは反対された。危険だというのだ。
少々の議論の末、私とダリとで中に入り、瀬良が清香ちゃんと芝三郎をみてくれることになった。
「そのあたりをお散歩してきます」
二人のことは瀬良に任せれば安心だ。私はダリと一緒に、遊就館のエントランスをくぐった。
エスカレーターを上がり、常設展示をひとつひとつ見ていく。
日本が遭遇した戦争の歴史、日清日露戦争のときの音声や映像。作戦が奏功し、戦勝に湧く日本の様子。帝国主義が隆盛する時代の熱気、植民地を広げ、日本の国力増強を信じて疑わなかった時代の有り様が見て取れる。
一階に降りると、大東亜戦争の歴史・・・いわゆる第二次世界大戦だ。
戦況が敗戦に傾く。戦死者が靖国の霊として祀られている。
死の色が濃くなる。
お腹の中で何かがざわりと震える。
私達の周囲で展示を見ている人たちも、それぞれのペースで戦死者に思いを馳せる。おそらく木霊はそれを感じているのだろう。震え、ざわめき、悶えるように蠢く。
木霊が感じた想いが私にも漏れ伝わる。
銃弾が肩口を貫く灼熱の感触。
命の炎が小さくなり、息が苦しくなる。
帰れないと悟り、涙を流し、悔恨に打ち震える。
幾多のイメージ、死のビジョンが、折り重なり、降り積もり、私の中に落ちていく。
いつしか私の意識は『私』に重なる。
『私』の意識が過去を旅する。これまで出会った命たちを思い起こす。
命きらめく夏が過ぎ、秋になる。木の葉が散り、寒風が身を削るように吹きすさぶ。
蝶が、一頭ひらりひらりと弱々しく風に流される。
それは徐々に動きを鈍くし、やがて地面に落ちた。
『私』はそれを見ていた。
脚が蠢く。羽が少しだけ動き、時折激しく、もう一度飛び立とうとするかのように動く。しかし、もう二度と、その蝶は宙を舞うことはなかった。
靖国神社の敷地内に、遊就館という戦争についての展示をしている博物館のようなところがある。前に一度行ったことがあった。
実物大の零式戦闘機がエントランスに展示されているパビリオンの前に私達はいた。
「ここからは、私だけで行きたい」
と言ってみるが、さすがにそれは反対された。危険だというのだ。
少々の議論の末、私とダリとで中に入り、瀬良が清香ちゃんと芝三郎をみてくれることになった。
「そのあたりをお散歩してきます」
二人のことは瀬良に任せれば安心だ。私はダリと一緒に、遊就館のエントランスをくぐった。
エスカレーターを上がり、常設展示をひとつひとつ見ていく。
日本が遭遇した戦争の歴史、日清日露戦争のときの音声や映像。作戦が奏功し、戦勝に湧く日本の様子。帝国主義が隆盛する時代の熱気、植民地を広げ、日本の国力増強を信じて疑わなかった時代の有り様が見て取れる。
一階に降りると、大東亜戦争の歴史・・・いわゆる第二次世界大戦だ。
戦況が敗戦に傾く。戦死者が靖国の霊として祀られている。
死の色が濃くなる。
お腹の中で何かがざわりと震える。
私達の周囲で展示を見ている人たちも、それぞれのペースで戦死者に思いを馳せる。おそらく木霊はそれを感じているのだろう。震え、ざわめき、悶えるように蠢く。
木霊が感じた想いが私にも漏れ伝わる。
銃弾が肩口を貫く灼熱の感触。
命の炎が小さくなり、息が苦しくなる。
帰れないと悟り、涙を流し、悔恨に打ち震える。
幾多のイメージ、死のビジョンが、折り重なり、降り積もり、私の中に落ちていく。
いつしか私の意識は『私』に重なる。
『私』の意識が過去を旅する。これまで出会った命たちを思い起こす。
命きらめく夏が過ぎ、秋になる。木の葉が散り、寒風が身を削るように吹きすさぶ。
蝶が、一頭ひらりひらりと弱々しく風に流される。
それは徐々に動きを鈍くし、やがて地面に落ちた。
『私』はそれを見ていた。
脚が蠢く。羽が少しだけ動き、時折激しく、もう一度飛び立とうとするかのように動く。しかし、もう二度と、その蝶は宙を舞うことはなかった。

