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天狐あやかし秘譚
第33章 季布一諾(きふのいちだく)

「もしかして・・・そこにいるのかい?」
玉置が言った。彼女の目に『彼』は映らない。私達は、見せようとした人間にしかその姿を見せることはない。『彼』は今、誰の目にも映らないようにしている。
そのはずなのに、不思議なことに、彼女の目はまっすぐ『彼』に向いていた。
「ずっと・・・いたのかい?」
彼女の目から涙が溢れる。
「会いたいよ」
手を伸ばす。その手が、『彼』の頭に触れようとする。
玉置の目は、優しい少女のそれだった。愛おしむように、まるで、恋人に向けるように。
でも・・・。
「あなたは選ばなければならない」
『私』は言った。言うべきだと思ったからだ。
「この者は、もうすぐ『死ぬ』。死ねば、二度と会えない。
だから、お前が望み続ける限り、この者は苦しみながら最期まで生きようとする。
どうする?
契を結び続け、この者を苦しみのまま限界まで生かすか?
契を解き放ち、この者の苦しみを終わらせるか?」
そう、約束に縛られて、この者は枯れることも出来ず、内部から朽ちている。
その痛みは想像を絶する。それでも、この者はそれを選んでいるのだ。
お前は、どうする?
玉置
「私が・・・苦しめているのか?」
『私』はうなずいた。
お前が鍵だ。お前が契の主だからだ。
死ねば会えなくなる。だから、ひと目なりとも、と思って連れてきたが、この者はそれを拒んだ。
「あなたが苦しむのは嫌だよ・・・嫌だよ」
玉置は泣いた。膝を落として、空を仰いで、泣いた。
その姿は、まるで子どものようだと、『私』は思った。
「結婚しても、子供が出来ても、忘れたことなんかなかったよ。
いつも、支えてくれた、いてくれた・・・。嬉しかったよぉ。
ちゃんと、言わなきゃってずっと思っていたんだ」
だから・・・
「もう・・・苦しまないで・・・・」
ゆっくりと玉置が頭を下げた。
「本当に・・・ありがとう・・・。」
ざああああっと風が吹き抜けた。市民の木の枝を揺らす。
根本にうずくまる木霊が、『彼』が、ふわっと笑った。
そして、その姿は徐々に中空に溶けていった。
「いって・・・しまったよ」
泣き崩れる玉置に、『私』は目の前のありのまま、そう告げた。
玉置が言った。彼女の目に『彼』は映らない。私達は、見せようとした人間にしかその姿を見せることはない。『彼』は今、誰の目にも映らないようにしている。
そのはずなのに、不思議なことに、彼女の目はまっすぐ『彼』に向いていた。
「ずっと・・・いたのかい?」
彼女の目から涙が溢れる。
「会いたいよ」
手を伸ばす。その手が、『彼』の頭に触れようとする。
玉置の目は、優しい少女のそれだった。愛おしむように、まるで、恋人に向けるように。
でも・・・。
「あなたは選ばなければならない」
『私』は言った。言うべきだと思ったからだ。
「この者は、もうすぐ『死ぬ』。死ねば、二度と会えない。
だから、お前が望み続ける限り、この者は苦しみながら最期まで生きようとする。
どうする?
契を結び続け、この者を苦しみのまま限界まで生かすか?
契を解き放ち、この者の苦しみを終わらせるか?」
そう、約束に縛られて、この者は枯れることも出来ず、内部から朽ちている。
その痛みは想像を絶する。それでも、この者はそれを選んでいるのだ。
お前は、どうする?
玉置
「私が・・・苦しめているのか?」
『私』はうなずいた。
お前が鍵だ。お前が契の主だからだ。
死ねば会えなくなる。だから、ひと目なりとも、と思って連れてきたが、この者はそれを拒んだ。
「あなたが苦しむのは嫌だよ・・・嫌だよ」
玉置は泣いた。膝を落として、空を仰いで、泣いた。
その姿は、まるで子どものようだと、『私』は思った。
「結婚しても、子供が出来ても、忘れたことなんかなかったよ。
いつも、支えてくれた、いてくれた・・・。嬉しかったよぉ。
ちゃんと、言わなきゃってずっと思っていたんだ」
だから・・・
「もう・・・苦しまないで・・・・」
ゆっくりと玉置が頭を下げた。
「本当に・・・ありがとう・・・。」
ざああああっと風が吹き抜けた。市民の木の枝を揺らす。
根本にうずくまる木霊が、『彼』が、ふわっと笑った。
そして、その姿は徐々に中空に溶けていった。
「いって・・・しまったよ」
泣き崩れる玉置に、『私』は目の前のありのまま、そう告げた。

