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溶け合う煙のいざないに
第2章 答え合わせ

「今日早退していいっすか」
「ダメに決まってんじゃんね」
 店に戻って開口一番掛け合ってみたが、体調不良の演技は勿論、うまい言い訳を思いつくわけでもなく無力に仕事に取り組んだ。
 客が小銭を探す数秒や、品出しの間も常に脳裏にあの顔がどう歪むのかの想像が無限に広がり続けていた。
 どっちなんだろう。
 どっちでもいいんだけど。
 妄想は二極化する。
 トイレ休憩の時にいつもより一回り大きく期待に膨らんでいる陰茎を見下ろして、流石にパブロフの犬過ぎるなと溜息を吐いた。
 でもあんなに好みのタイプと出会えるのなんて奇跡に近い。
 レジの清算をしながら喉のあたりの筋肉が高揚でびくついているのを感じる。
 けど、今日だけなんだろうな。
 あんな露骨なワンナイトの誘い方。
 我ながら浅すぎて失望する。
 誤差がないのを報告して、次のシフトを確認しつつロッカーからカバンを取り出す。夕方の冷えた空気に備えて黒のネックウォーマーをすぽりと被って店を出た。
 会う前に一服、とも過ぎったが場所は封じられてるんだった。

 利用したことはなかったが、まるで図書館のように膨大な量の本が並ぶ空間は仕事終わりの疲れた体を癒してくれる緩い空気があった。
 カフェの中は八割ほど埋まっていて、カウンターや一人用の席を巡りながら最悪の可能性を考えて鼓動が速まっていた。
 いや、約束したし。
 ひとつずつ席の残数が減っていくのを数えつつ、ドタキャンされた場合の慰め方を悩んでいた。万が一なら飲んでから帰ろう。
 それらしき後頭部を見つけて近寄ろうとしたとき、背後から声がかかった。
「お疲れ」
 つま先にぐっと力を込めて立ち止まり、無意識に唾を飲み込んでから振り返る。
 コートの下は意外にも緑のトレーナーだったんだ。
 ぴったりのサイズに、つい胸元に視線が走る。
 それを遮るように目の前にホットコーヒーのカップが差し出された。
「飲んでから行くか?」
 両手にひとつずつ、追加注文をしたであろう丁寧さにむず痒くなる。
 芦馬が口をつけようとした一つに手を伸ばして阻止する。
 なにをするとばかりに不満な瞳をどれほど予習したことか。
「着いてから飲むでもいい?」
 目的地なんてわざわざ口にするまでもない。
 ここは歓楽街だ。
 呆れた眉が、観念したように穏やかに下がった。
「どうぞ、ご自由に」
 あ、飲むんだ。
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