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溶け合う煙のいざないに
第1章 あみだくじ

加湿器の控えめな光を間接照明に、キーボードに指を走らせる。
たった今、脳を滾らせている言葉の洪水を一滴漏らさず文章に落とし込むために、四角い黒眼鏡に守られた瞳は瞬きすら勿体ないと画面を凝視する。息継ぎに手を伸ばしたコーヒーが冷めているのは四度目のこと。
中盤の盛り上がりまでは小気味よく行列をなした言葉の群れが、ラストシーンに差し掛かってぴたりと鳴りを潜めた。
ああ、くそ。
芦馬鐘二《あしま かねじ》は苛立たしく中指で黒いデスクを叩いた。時刻は既に午前三時を回っている。時針が二周も回れば、藍色のカーテンから朝日が差し込んでくる。時間はない。
ぐるりと足首を回し、諦めの息を吐いて席を立ち、キッチンに向かった。換気扇のスイッチを暗闇で探り押し、コンロ脇の引き出しから煙草とライターを取り出す。火種が暗闇に灯る。乾いた唇に食んだそれは、瞬く間に舌先から水分を奪った。
書きかけの最後の文を思い返しながら、煙をゆっくり肺に下ろしていく。土曜午前九時きっかりにブログを更新しないと、アクセス数に影響が出るのは嫌というほどわかっている。注目の新作は公開直後のレビューが注目されるが、公開時間が二十四時というのは不満が募る。
ふとレンジに自分のぼさついた黒髪の影が映っているのに気づいて、眼鏡を押し上げる。ああ、そう言えば主人公がレンジでミルクを温めるシーンからの場面転換は鳥肌ものだった。マグカップが一瞬闇に沈んだかと思えば、黄色い明りに照らされるのはアスファルトに転がった花束になり、悲鳴が遅れて聞こえてくる。
そうだ、ラストの推理シーンに繋がる重要なカットだった。鐘二は急に高まった鼓動に興奮を覚えながら、調理台に置きっぱなしのガラスの灰皿に吸殻を潰してデスクに戻った。
剃り整えた顎鬚を撫でながら、笑っている口元に機嫌が良くなる。間に合う。間に合うぞ。

