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溶け合う煙のいざないに
第1章 あみだくじ


 卵塚遥望《うづか はるみ》は赤いセーターの裾を伸ばすと、無遠慮な客の来訪に身構えた。二年目となる雑貨屋は、オーナーの趣味でピンクと黄色に埋め尽くされて刺激が強い。
 小さなタブレットひとつで決済できるシンプルなレジから、店頭を見張る。冷やかしの確率が高い大学生数人組を確認してから、ピッキング作業を再開する。
 金髪マッシュにトラガスピアスが許されているのが唯一この店に勤めている理由であり、接客はなるべく避けたいのだ。
 土曜の昼とあって、客は多くないものの絶えずに入ってくる。マンションの一階に並んだテナントの一つでそれほど広くない店内は、年始が待ちきれないように干支の動物や、気が早いバレンタイン商品で満ちている。
 ああ、休憩はまだかと安い革の腕時計を見る。
 あと五分もすれば、百合の強い香水に包まれたポニーテールのリーダーが交代に来て、愚痴の一つも聞けば、一人の時間がやってくる。
 尻ポケットの小さな箱が存在感を主張している。早く、早く口に咥えたい。無意識に人差し指の関節を唇に押し当てて、つま先が床を叩いていた。
「卵塚くん、おつかれ」
 待ちわびた声に振り向き、清算を済ませて裏口に足を向けた。
「休憩いってきまあす!」
「おぉい、打刻忘れないの」
 そうだったと爆速タップでスタッフ番号と時刻を打ち込んだ。肺が急かすようにひゅうっと息を吸いながら外に飛び出す。

 逸る気持ちを押さえながら横断歩道を渡り、冷たい風を前菜にと足を躍らせる。
 馴染みのデリバリーピザの角を曲がれば、煙に溢れた一角が現れる。
 はずだった。
「……は?」
 そこは望んでいた曇りガラスでなく、無機質な白いビニールの壁が揺れていた。場所が合っているか脳内で問いかけながら近づくと、簡易な紙が貼りつけられている。
 要約すると駅の反対口の喫煙所を改装で広くし、この場所は排除されるとのこと。待ちわびたゴールが手の届かぬ場所に動かされた絶望に、足が凍り付いた。
 沈黙の数分間に、同志らしき男が近づいては肩を落として消えていく。休憩時間も限られている。早く自分も安息の土地を探さねばと踵を返した途端、丁度張り紙を覗こうとした緑のコートの男と肩を擦らせてしまった。
「あ、すんません」
「いえ、こちらこそ」
 男はズレた眼鏡を直し、気だるそうに顎を撫でながら張り紙の文字に視線を滑らせた。
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