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なりすました姦辱
第4章 隔絶された恋人
 これほどの自分である。声を掛けてくる男は多いし、掛けられなくても掛けさせることができる。よって、苦々しく思っている女も相当数いるのだろう。

 かつては、よりハイスペックな男を射止めたいと願った時期もあった。しかし、そのために自身を磨いていくうちに、金、地位、権力、家柄……あらゆるスペックは、あくまでも相手の持ち物であり、自分自身の価値ではない、と思うに至った。

 今の彼氏は、誰もが羨むハイスペック男、とは到底言えない。上流企業ではあるが普通のサラリーマン、やっと一つ昇進したばかり、一般的な家庭の出、ルックスも中の上あたり。予告なく髪を切った恋人には、文句を一つも言えない。女に対して自慢話ばかりしたり、マウントを取ろうとすることもなく、常にこちら優先でやたら丁重に扱ってくれる。だから珍しく長く続いているのだろうと思う。

 しかし、「自分にはもったいないくらいの」彼女を独占したいと考えるあまり、いくら何でもまだ早かろうプロポーズを仕掛けてきた点でも、彼は「凡庸」だったのだ。

 不意のプロポーズを受けたせいで、車の中では彼に慎重に対応せねばならず、会話をしながらスマホで外部に連絡を取る、ということができなかった。だからロビーに入ってから、どこに向かうべきなのかメッセージで確認しようとすると、

「何かお困りのことがございましたでしょうか?」

 と、いかにも粗忽のなさそうなフロントマンから、声を掛けられた。

 カウンターまで行き、

「広瀬……、ですが」

 とだけ言うと、フロントマンはこちらからは見えないカウンターの死角に置いているのだろうタブレットかノートパソコンに一瞥だけをくれ、

「お待ちしておりました、広瀬汐里様でいらっしゃいますね。先にご到着の土橋様よりご連絡を頂戴しております。お部屋は最上階20階のペントハウススウィートでございます。恐れ入りますが、そちらの専用エレベーターよりお進みくださいませ。何かご不明な点がございましたら、ご遠慮なくお申し付けください」

 すらすらと言い、体の前に両手を重ねた美しい御辞儀をした。

 おそらく最も豪奢な部屋だ。
 もしかしたら、今日土橋はここへ、自分一人を、呼び出してくれたのではないだろうか。

 仮初めそんな期待が汐里の胸に迫ったが、その嵩は半分くらいのところで止まった。

 おそらく、違うだろう。
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