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大きなクリの木の下で
第1章 初めて見せた弱さ

シンと静まり返った部屋に辞書を捲るカサカサという音と原稿の空白欄にカリカリと滑らせる鉛筆の音だけが支配していた。

編集部のような賑やかさはこの部屋にはない。

同じ出版社でも、編集部が陽ならば、この校正部は陰と言っても過言ではない。

無駄口も叩かず、校正が作家の原稿を生かすも殺すも自分達の校正次第だと部員たちは原稿に真摯に向き合っていた。
そんな中で、ただ一人、先月この部署に配属になった竹本伸和だけは半分寝落ちしそうな感じコックリと体が揺れ初めていた。

そんな彼の姿をみて雨宮静香は苛立ちを覚えていた。

人の事など構っている暇などなかった。
一人が一作品を託され、誤字脱字や文法の善し悪しを厳しくチェックしなければいけないのだから。

だが、隣の席で、こうもあからさまに寝落ちしそうにされると気が散って仕方ない。

「竹本くん、ちょっと休憩しましょうか」

小声で少し席を外しましょうと話しかけ、
休憩室に行くわよとばかりにクイッと顎で促した。

「そうですね、ちょうど僕も一息入れようかと思っていたんですよ」

これ幸いとばかりに、竹本は小走りで校正室を抜け出す。

誰かが席を立とうが、部屋を抜けようが、まったく関心なしというように誰一人として顔を上げようともせずに原稿とにらめっこを続けていた。
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