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終わりの温もり、始まりの愛
第3章 朝霧の時間
鳥のさえずりが遠くから聞こえてきた。
障子越しに射す朝の光が、ふたりのあいだに淡く落ちている。

誠一は目を覚ましたまま、しばらく天井を見つめていた。
昨夜、確かに彼女と抱き合ったぬくもりが、まだ肌に残っている。
夢ではなかった。夢のようだったけれど。

横を見ると、由紀子が背を向けて眠っていた。
髪が少し乱れて、肩から浴衣が落ちかけている。
その肩を、手を伸ばしてなぞりたい衝動に駆られたが、彼はそっと布団から出た。

湯沸かしの音が響く。
窓を開けると、朝霧が静かにたなびいていた。
山の空気は澄んでいて、ひんやりと鼻先を冷やす。

どこかに続いているようで、どこにも行けないような、そんな霧だった。
まるで今のふたりの関係そのもののように。

湯呑みに注いだ緑茶を、両手で包むように持つ。
熱が、冷えかけた手にじんわりと広がった。

「……おはよう」

背後から声がした。振り返ると、由紀子が浴衣の帯を直しながら、こちらを見ていた。
眠たげな目をしていたけれど、その瞳の奥に、夜の続きをまだ宿しているように見えた。

「おはよう」

それだけの言葉が、やけに重たかった。
終わりに向かって進んでいるはずの朝なのに、どこかで始まりそうな錯覚すら覚えた。

その錯覚が、ひどく罪深くて、愛おしかった。

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