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終わりの温もり、始まりの愛
第4章 交差点の約束

宿を出る時間が近づいていた。
荷物はすでにまとめられ、あとは駅までの送迎バスを待つばかりだった。
「早いね、一泊って」
由紀子がぽつりとつぶやいた。
ソファに腰を下ろし、指先でマグカップをくるくると回している。
「……うん。ほんと、あっという間だった」
誠一は答えながら、その横顔をそっと盗み見た。
昨夜、そして今朝見せた表情よりもずっと、彼女はいつもの顔をしていた。
これから別れるふたりにしては、静かすぎる朝だった。
言いたいことが多すぎて、言葉にできないだけなのかもしれなかった。
ロビーの窓の外には、坂道の向こうに街が広がっていた。
あの町のどこかで、娘がいつも通りに過ごしているかと思うと、胸が締めつけられる。
「最後に、どこか寄って帰ろうか」
由紀子が言った。唐突なその言葉に、誠一は少し驚いた顔をする。
「寄るって、どこに?」
「……あの交差点。昔、待ち合わせしてたとこ。覚えてる?」
彼女が少し笑った。まぶしそうに目を細めて。
忘れるはずがなかった。
二人で何度も会った場所。初めて手をつないだ場所。娘が生まれる前のことだ。
「覚えてるよ。もちろん」
その返事に、由紀子はほっとしたように笑みを深くした。
駅に向かう前に、もう一度そこへ寄る――
ただそれだけの約束が、なぜだかとても重たく、温かく思えた。
別れを決めたのに、どうしてこうも、忘れがたい景色ばかりを選んでしまうのだろう。
荷物はすでにまとめられ、あとは駅までの送迎バスを待つばかりだった。
「早いね、一泊って」
由紀子がぽつりとつぶやいた。
ソファに腰を下ろし、指先でマグカップをくるくると回している。
「……うん。ほんと、あっという間だった」
誠一は答えながら、その横顔をそっと盗み見た。
昨夜、そして今朝見せた表情よりもずっと、彼女はいつもの顔をしていた。
これから別れるふたりにしては、静かすぎる朝だった。
言いたいことが多すぎて、言葉にできないだけなのかもしれなかった。
ロビーの窓の外には、坂道の向こうに街が広がっていた。
あの町のどこかで、娘がいつも通りに過ごしているかと思うと、胸が締めつけられる。
「最後に、どこか寄って帰ろうか」
由紀子が言った。唐突なその言葉に、誠一は少し驚いた顔をする。
「寄るって、どこに?」
「……あの交差点。昔、待ち合わせしてたとこ。覚えてる?」
彼女が少し笑った。まぶしそうに目を細めて。
忘れるはずがなかった。
二人で何度も会った場所。初めて手をつないだ場所。娘が生まれる前のことだ。
「覚えてるよ。もちろん」
その返事に、由紀子はほっとしたように笑みを深くした。
駅に向かう前に、もう一度そこへ寄る――
ただそれだけの約束が、なぜだかとても重たく、温かく思えた。
別れを決めたのに、どうしてこうも、忘れがたい景色ばかりを選んでしまうのだろう。

