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舞台の灯が消える前に
第3章 はじまりの台詞
稽古初日。奈央は黒のTシャツとデニム、髪を後ろでひとつに結び、なるべく目立たないように隅にいた。

「そこに立って」

不意に、西園寺の声が飛ぶ。奈央の名を呼ばず、けれど明確な指示だった。

「相手は君、澤田」

その“相手”は、舞台歴の長そうな俳優だった。歳は奈央よりやや上。鋭い輪郭と低い声、少し影のある眼差し。澤田悠人――その名は、どこかで聞いたことがある気がした。

配られた台本は、恋人同士が別れを前に最後の夜を過ごす場面だった。

「触れて。言葉でなく、まず、触れる」

西園寺の演出は極端だった。言葉よりも、体温や呼吸に先に馴染めという。

澤田が一歩、奈央に近づいた。

その距離が恐ろしいほどゆっくりだったから、逆に逃げられなかった。指先が奈央の顎に触れた。軽く持ち上げられる。冷たくも熱くもない、ただ“意志”のある手。

「好きだったよ」

澤田の声が奈央の耳元で低く響く。

「……でも、終わりにしよう。どちらかが壊れる前に」

その台詞は台本のものなのに、なぜか奈央の中に真実として落ちてくる。

思わず目を伏せると、澤田の手が頬を撫でた。芝居の中の動き。でも、そのなかに、ごくわずかな逡巡――本音が混じったような気がした。

奈央の呼吸が乱れるのを、澤田は肌で感じ取ったのか、背に回した腕でそっと押し寄せた。
抱き寄せるでもなく、離れないでもなく。
まるで“待っている”ような抱擁だった。

「……なぜ、触れると涙が出そうになるの?」

奈央の言葉が漏れたとき、西園寺がぽつりと言った。

「それが演技だよ。身体のどこかが“本気”を見つける」

稽古が終わったあと、奈央はひとりでスタジオに残った。

鏡に向かって、自分の目を見つめる。火照った肌。濡れた唇。
“あれは芝居だった”と自分に言い聞かせようとしても、
胸の奥でざわめく熱だけが、それを否定した。

そして、稽古場の隅――
澤田が壁に背を預け、じっと奈央を見ていた。

何も言わなかった。ただ、その視線は、まるで続きを望んでいるようで。
奈央はその夜、帰宅しても、智也に触れることができなかった。

思い出してしまうから。
――自分の肌に、別の男の温度が、まだ残っていた。
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