この作品は18歳未満閲覧禁止です

- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
家は檻。〜実父の異常な愛〜
第2章 続いた夜

扉の向こうから、新聞をめくる音が微かに聞こえる。
それだけで、喉の奥がきゅうっと締めつけられた。
「……おはようございます、お父様」
かすれるような声を、どうにか絞り出す。
聞こえたかどうかもわからないほどの小さな声だったが、孝幸は「ん」と短く返した。
こよみは最初の膳をそっと置いた。
視線は合わせない。呼吸が浅くなっていく。
二膳目を取りに戻る間、足元がふらりと揺れたのを、自分でも感じていた。
やがて、配膳が終わり、朝食が始まる。
けれど、こよみの体は動かなかった。
新聞をめくる手が一度止まり、孝幸の視線がこちらに向けられる。
その目に、特別な感情は宿っていない。
まるで、ただの“父親”として娘の様子を見ているだけ――そんな、あまりにも普通の顔だった。
「何をぼうっとしてるんだ、こよみ。遅刻するぞ」
その一言も、叱責というより、日常の一部のような響きだった。
いつも通りの調子。いつも通りの口調。
まるで――何事もなかったかのように。
こよみはうなずいたふりをして、黙って箸を取る。
だが、手は途中で止まってしまった。
湯気を立てる白いご飯が、視界の中でぼんやりと揺れる。
口を開けば、何かが漏れてしまいそうだった。
それが言葉か、息か、それとも涙なのかはわからない。
ただ、こよみはひと口だけ、味噌汁をすくって飲み込んだ。
ぬるくなった出汁の味が、やけに強く舌に残った。
「いただきます……」
絞り出すような声。
母はその横顔をちらりと見たが、何も言わなかった。
ただ静かに箸を動かし、黙々と食事を続けている。
そこにあるのは、優しさだったのか。
それとも――気づかないふり、だったのか。
孝幸ももう、娘に関心を示すことはなかった。
新聞を読み直し、黙って茶をすする音だけが、食卓に響いていた。
空気は、静かすぎるほどに静かで、どこかぴりついていた。
こよみは箸をそっと置き、母の目を見ずに立ち上がる。
「……行ってきます。」
わずかにふらついた足取りで、ランドセルを背負った。
玄関の戸を開けると、外の空気が冷たく肺にしみた。
靴音を立てぬよう、こよみはそっと家を出た。
それだけで、喉の奥がきゅうっと締めつけられた。
「……おはようございます、お父様」
かすれるような声を、どうにか絞り出す。
聞こえたかどうかもわからないほどの小さな声だったが、孝幸は「ん」と短く返した。
こよみは最初の膳をそっと置いた。
視線は合わせない。呼吸が浅くなっていく。
二膳目を取りに戻る間、足元がふらりと揺れたのを、自分でも感じていた。
やがて、配膳が終わり、朝食が始まる。
けれど、こよみの体は動かなかった。
新聞をめくる手が一度止まり、孝幸の視線がこちらに向けられる。
その目に、特別な感情は宿っていない。
まるで、ただの“父親”として娘の様子を見ているだけ――そんな、あまりにも普通の顔だった。
「何をぼうっとしてるんだ、こよみ。遅刻するぞ」
その一言も、叱責というより、日常の一部のような響きだった。
いつも通りの調子。いつも通りの口調。
まるで――何事もなかったかのように。
こよみはうなずいたふりをして、黙って箸を取る。
だが、手は途中で止まってしまった。
湯気を立てる白いご飯が、視界の中でぼんやりと揺れる。
口を開けば、何かが漏れてしまいそうだった。
それが言葉か、息か、それとも涙なのかはわからない。
ただ、こよみはひと口だけ、味噌汁をすくって飲み込んだ。
ぬるくなった出汁の味が、やけに強く舌に残った。
「いただきます……」
絞り出すような声。
母はその横顔をちらりと見たが、何も言わなかった。
ただ静かに箸を動かし、黙々と食事を続けている。
そこにあるのは、優しさだったのか。
それとも――気づかないふり、だったのか。
孝幸ももう、娘に関心を示すことはなかった。
新聞を読み直し、黙って茶をすする音だけが、食卓に響いていた。
空気は、静かすぎるほどに静かで、どこかぴりついていた。
こよみは箸をそっと置き、母の目を見ずに立ち上がる。
「……行ってきます。」
わずかにふらついた足取りで、ランドセルを背負った。
玄関の戸を開けると、外の空気が冷たく肺にしみた。
靴音を立てぬよう、こよみはそっと家を出た。

