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いまやめないで このままでいて
第7章 第7話 もう離れない 離さないから
「あのう…」
見知らぬ若い男が墓前で線香を手向けているところに後ろから恐る恐る声をかけた沙耶は、振り向いた彼の顔を見て手にしていた花を落としそうになった。
「あ、すみません、ぼく…」
返事を返しかけた男も途中で言葉が出なかった。
「あの… もしかして… おにいちゃん?」
「坪内です… 美樹也です。 沙耶ちゃん…かな?」
「はい、沙耶です! おにいちゃん、どうしてここに?」
「おじいちゃんの初盆だって聞いたから…」
藤村沙耶の祖父は前の年の暮れに91歳で亡くなっていた。
今年はその新盆になる。
成長した入道雲が伸びる秩父の山裾の小さな町のお寺には、とうに時期を過ぎた紫陽花の枯れた姿がまだ少しだけ残り、それを追い立てるようにセミの声が溢れていた。
「どうしてここに?」
沙耶がもう一度同じことを訊ねた。
「正月におじいちゃんが亡くなったって聞いて、お参りだけはとずっと思ってたんだ。
なかなか来れなくて、今になっちゃった…」
「ありがとう… おじいちゃん喜んでるわ、きっと…」
「元気なうちに顔見たかったけど…」
「時々だけど、おにいちゃんのこと気にしてたわ」
「そうか…」
「もう20年近く経つよね… おにいちゃんいなくなってから…」
「そうだね…」
墓石のほうを向きながら感慨深そうに応えた美樹也の姿は、彼女が知っていた頃の彼よりも格段に格好良い青年に映った。
「沙耶… ずいぶんきれいになったね…」
振り返った美樹也が、日傘の下の沙耶を覗き込みながら改まったようにつぶやいた。
「まさか… もうおばちゃんのアラサーだし…」
「結婚は?」
「ううん… ひとりよ…」
「なんで?」
「なんでって、だっていい人いないんだ…」
少しだけうつ向いて沙耶が応えた。
「うそだろ、選り好みしてるんだろ」
「してないわ… あ、ちょっとだけしてる…」
炎天の下、ふたりで上げた笑い声がお盆で賑わう墓地に響き渡る賑やかなセミの声を消した。

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