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助教 沙霧
第3章 忍び寄る支配者
 送信ボタンを押すと、沙霧は背もたれに体を預け、深く息を吐いた。
 パソコンのモニターの青白い光が、彼女の火照った顔を照らしている。

 「誉」

 その名は、彼女の静かな生活に投げ込まれた、小さな、しかし決して消えることのない火種のようだった。
 彼は一体、どのような人物なのだろうか。「定年を機に」ということは、親子以上にも年の離れた男性。おだやかな紳士なのだろうか、それとも、すべてを見透かすような冷徹な瞳を持った男だろうか。
 沙霧は無意識のうちに、自分の短い髪の毛先を指で弄った。
 誉の言葉通り、今、彼女の心は乱れている。しかしその乱れは、決して不快なものではなかった。

 彼女はもう一度、コメントの文面を読み返した。「先達」「師」という言葉が、甘い毒のように彼女の理性を侵食していく。自分を敬うふりをしながら、言葉の刃で服を切り裂いてくるような、そんな錯覚。

 沙霧はその夜、なかなか寝付けなかった。

(あんな普通のコメントに何を動揺してるの、沙霧)

 そう自らを律しようとしながら、でも目を閉じると暗闇の中に「誉」という文字が浮かび上がる。
 その文字はいつしか見知らぬ男の手となり、沙霧のうなじを、背中を、そして最も秘められた場所を、静かに、しかし抗いようのない力で撫でていく妄想に囚われた。

 朝が来たら、また「ストイックな助教」に戻らなければならない。
 だが、沙霧の心の奥底に開いた小さな穴からは、冷たい風ではなく、熱い湿り気を帯びた何かが、確実に流れ込み始めていた。
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