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助教 沙霧
第2章 研究の日々
 大学の研究棟へ続く銀杏並木は、冬の気配を孕んだ風に揺れている。

 すれ違う学生たちの視線が、彼女の横顔や、歩くたびに揺れる身体のラインに吸い寄せられる。だが、沙霧はその誰とも目を合わせない。彼女の意識は、すでに千年前の平安京、その奥深い御簾の内側へと飛んでいた。

 その日の午前中は、院生時代からの指導教授である岸田との個人研究会だった。古びた研究室には、天井まで届く書架に古書がひしめき合い、独特の古紙の匂いが立ち込めている。

「瀬川君、この恋歌の解釈だが……君のレポートにある『忍ぶる』という動詞の捉え方、非常に興味深いね」

 白髪混じりの岸田は、老眼鏡の奥で目を細めた。沙霧は背筋を正し、目の前の資料を指し示す。

「はい。この時代の『忍ぶ』は、単に恋心を隠すという消極的な意味に留まりません。他者の目を意識することで、内的な情念がより鋭角に研ぎ澄まされていく……いわば、抑圧されることで完成される美学だと考えます」

「抑圧されることで完成される、か。なるほど。君らしい、ストイックな視点だ」

 岸田は感心したように頷いた。沙霧は淡々と論理を展開していくが、その内側では、自分で放った「抑圧」という言葉が、不気味な熱を持って沙霧の中で反響する。

 今朝の「望まない予感」が否応なく再び頭をもたげてくるのを感じ取っていた。

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