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『春いちばん』
第1章 春いちばん
 
 目の痒み、涙、鼻水、くしゃみ等々の症状で、アラーム前に目が覚めてしまった…

「もう最悪ぅ…」
 春一番が吹く頃は毎年こうである…
 冬は、学生時代の古傷の疼痛が走り、最近罹患した癌という大病の手術痕が痛み、心を乱してくる。

 そして毎年春先からは『花粉症』という、かれこれ20年来の付き合いのお友達というべき症状が、心を苛ましてくるのだった。

「ふぅ…」
 とりあえず薬を飲み、症状を抑え、マスクをする。

 化粧台に座り…
『どうせマスクなんだけど…』
 そんな事を考えながらファンデーションを丁寧に塗っていく。

 そう、女の多い職場は油断大敵なのだ…
 ましてやメイクや服装への視線は厳しい。

 どうやらわたしは目立つらしく…
 噂や嫌疑、疑惑を何度となく流された事があった。

 周りにはOL版CIAがうろうろしているのだ…

 そして、いよいよ春、異動の季節…
 新しい男も入ってくる。
 
 わたしは立ち上がり…
「ふぅ、なにを着ていこうか…」
 
 春一番が吹く暖かさだから…
 タイツは卒業…
 わたしはブラウンのストッキングを手に取り、ゆっくりと脚に滑らせていく。
 爪先から太腿へ…
 薄く、艶やかな膜が肌に吸い付き、引き上げると、魅惑の光沢に艶めく。
 太腿の張り…
 ふくらはぎの曲線…
 足首のくびれ。

 鏡の中で、ストッキングの脚線が煌めき…
 冬の寒さから開放され、心もカラダも軽くなる。
 
 そして、ブーツも終りだ…
 久しぶりに艶々なピンヒールを履く。
 
ストッキング脚がより長く、美しく武装していく…
 
 そう、それはフェチへの…
 街中に秘かに跋扈しているストッキングフェチの視線を集め…
 ハイヒールの硬質の響きが、男達の心を揺らがせ、虜にする。

 新たな戦闘態勢が整い、わたしは朝の駅の階段を降りていく…
 コツ、コツ、コツ…
 この響くヒールの音がフェチ心を叩き、刺激し、視線を集め…
 ふくらはぎから足首へ、そしてヒールの先までをゆっくり辿ってくるのを自覚する。

 わたしはわざと脚の運びを意識し、マスクの奥で微かに笑う…

 春いちばん…
 強い南風に煽られ、スカートの裾を揺らし、ストッキング越しの脚に空気がまとわり…
 視線と、鼓動が絡み合い、氷を融かし…
 心とカラダを潤し、整え…
 
 静かに萌せていく…
 

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