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『春の雪』
第1章 春の雪
 3

「っ………」
 不意に、その指輪の無い左手指が、わたしの右手指に触れてきて…
 
「ぁ……」
 そしてその彼の指先が、僅かに絡まってきたのだ。

「ぇ……」
 その指先から…
 また、再び、昔の、あの心を焦がした想いの熱が伝わり…
 ドキンと、胸を激しく高鳴らせる。

 ふと、窓の外を見ると…
 春の淡雪が降り続き…
 それはまるで…
 前日までの乾いた空気を湿らせ、洗い流しているかの様に見えた。


「はーいっ」 

 また教室内に、子供たちの明るく、期待に昂ぶる声が響き…
 わたしの心も震わせてくる。

 そしてわたしは、何気なく彼を見ると…

 あ…
 その彼の目も…
 期待に昂ぶる光を見せていた。


 期待?
 何の期待?

 え、もしかして…
 また、これから、期待してもいいの?
 明日から…
 ううん、今日からまたアナタに甘え、すがってもいいってことなの?

 なぜかその彼の目を見ると、そんな淡い想いと期待が浮かんできてしまう…

 今さら…
 まさか…
 そんな非現実的な甘い想いと、不思議な期待感。

 なぜかわたしの心は…
 この目の前の子供達と同じように、明日からの新生活の期待に昂ぶり、高鳴ってきてしまうのだ。

 だって、それは…

「久しぶりだね」
 彼は笑みを浮かべ、そう言ってきた。

「え、あ、うん、は、八年振りかしら?…」

「………」
 そして、黙って頷く。

 そう、八年振り…


 そしてわたしは…
「ねぇ、アレが息子の慧よ…」
 スッと指をさす。

「え…け、慧くん?…」

「うん、そう慧…」

「…け、慧っていうの?」

「……………」
 わたしは黙って頷き…
 彼の目を見つめ…

「ねぇ…」

「…………」
 
「ねぇ、うちの慧ってさぁ…
 アナタに…
 慧一さんに、似てるでしょう?」

 わたしは、そう、小さく囁いた。



 春の淡雪は、まだ静かに舞い続けている…

 それは、消えたはずの過去のように。
 


           

             終わり



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