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SAKURA(さくら)
第3章 ソメイヨシノ 2 美卯
 4

「慶太、おはよう」

「あ、み、美卯、おはよう…」

 慶太は、嘘が下手……

「昨夜の残業は、遅くなっちゃったの?」

 わたしは、昨夜、敢えて、LINEも電話もしなかった…
 
 いや…

 ガマンした。

「う、うん、なんとか終電くらいに…」

「あら、そうだったの、お疲れさまね…」

「あ、うん…」

「あぁ、もお、また、ネクタイが曲がってるわよぉ…
 ホントに、だらしないんだからぁ…」

 わたしは、そう呟きながら、慶太のネクタイを直す…

「……っ…」

 呼吸が、一瞬、止まった――

 そのネクタイからは…

 また再び、ムスクの香りが、強く、わたしの鼻腔を撫でてきた…

「…ぇ…」
 慶太を見つめる。

「………」

 逸らす、目…

「…ふ…ん……」

 ネクタイを、直す指先が、震えてしまう…

「………」
 慶太は、完全に横を向く。

「………」

 甘いムスクが、しっかりと主張してくる…

「……そう…かぁ……」

「…え……あ……」

 震える、声音――

「うん、あ、いいかげんネクタイ買いなよ」

「……あ、うん…」

「あぁ、いいわ、慶太センスないから、わたしが、また、買ってくるわね」

「う、うん…た、頼むよ…」
 そう応え、今度は、上を向く。

「うん、買ってくる…ね……」

 そう呟き…

 ふと、視線が、奥へ流れる。

「………」

 奥のデスクの…

 弥生課長が、こちらを、見ていた――

 ほんの、一瞬、目が合い…

 それから、ゆっくりと、視線を落とした。

「………」

 偶然じゃない…

 それは、逸らした、目だった――

「………」


 また、見ていた――

 見られていた――

「じゃ、今夜ね……」

「あ、うん…」

「……」

 指先の震えが、止まらない…

 さっき触れたネクタイの感触が、まだ、残っている…

 香りも…
 
 視線も…

 重なっていた――

「…はぁ…」

 その時…

 胸の奥で、何かが、きしんだ――

 細く…

 音も立てずに…

 ひびが、入っていく―――



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