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SAKURA(さくら)
第3章 ソメイヨシノ 2 美卯
 8

 午後八時半過ぎ――

「部長、すいません、遅くなりました」
 わたしは、ホテルのバーを訪れる。

「いや、今来たばかりだよ…
 逆に、もう少し遅いのかなって…」

「すいません…
 ちょっと、彼と約束していたもので…」

 それは、嘘…

「ほう、そうなのか、いいのか…」

「はい、いいんです…
 もう彼は、子供で、少しめんどくさくって…」

 少しだけ、笑ってみせた。

「ふぅん、そうか、まだ彼は、若いんだな…」

「………」

 わたしは、逸らずに、頷く。

 店内には、静かなスイングジャズが流れ…

 カウンターの上に飾られた、ろうそくの火が小さく揺れている。

「何を…」

 部長も、ロックグラスを揺らしながら…

 逸らずに、見つめてくる。

「あ…マティーニを…」

 そのグラスの中の琥珀色の液体が、ゆらゆらと揺れ…

 カラン――

 と、小さく、氷を鳴らす。

「………」

 ロックグラスを持つ、左手の薬指には…

 痕しかない――

「お待ちどうさまです…」
 バーテンダーが、静かにマティーニを置く。

「じゃ……」

「………」

 チン――

 グラスを合わせ、わたしは、マティーニを含む…

 強い……
 
 ジリジリと、喉を焼いてくる。

 でも…

 わたしには、まだ…

 アルコールの酔いが、必要であった。

 まだ、今は――

「じゃ…
 ゆっくり、できるんだね…」

 でも、その言葉で…

「………」

 わたしの心は――

「………はい……できます……」

 ふと、カウンター越しに覗ける、ピンク色にライトアップされた
 『東京タワー』を見つめ……

「あ…サクラ色…みたい…きれい………」

「え…あ、そうだな…もう満開だな……」

 わたしは、二口目を含み…

「これ…プレゼント……です…」

「あ、ネクタイ…か……」

 それは、慶太のとは、色違い――

「はい…わたしからの…気持ち…です…」

 逸らずに、見つめ…

「え…」

 部長は、逸れた。

「ねぇ…ネクタイのプレゼントの意味って知ってます?」

「…い、いや……」

 少しだけ、首を傾ける…

 オンナの、武器――


「締めてあげますね…」

「………」

 指先が、触れる――

 その瞬間、

 部長の喉が、小さく、鳴った。

 
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