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SAKURA(さくら)
第8章 五月  皐月めい
 3

 いや、たった今までは…
 本当に、軽い仕返しの、イタズラに近い、嫌みのつもりでいたのだけど…

 でも…
 この今の、彼の目を見た瞬間に…
 想いは、変わった――
 
 ――えっ、な、なに、わたしが恐いの?…

「…あ…め、めい……」
 わたしを見た瞬間の、彼のその目には…
 驚き、いや、怯え、狼狽え、揺らいだ色が浮かんでいた。

 そうか…
 わたしが、彼、本部長を飛び越した存在の、専務の秘書になったからか――

 そう…
 彼は、役職に拘り、権力を欲しているからこその…
『専務秘書』の、わたしの存在が恐いんだ。

 そして、わたしの…
『誰にも言ってませんから…』が、彼への地位への恫喝の声に聞こえたんだわ――

 ――『誰にも言わない…』――
 それは、彼の出世を妨げ、邪魔してはいけないという思いやりからの言葉…
 そして、最後の優しさと、ギリギリに繋がっている愛の標しだと思っていたのに…

「………」
 この彼の、怯えに揺らいだその目が…
 いや、彼自身が、そのギリギリの繋がりの線を切ったのだ。

 わたしの心は、一気に昂ぶり、高鳴り…
 いや…
 苛ついた――

 そして、この彼の目を見て、完全に理解できた…

 それは…
 わたしは、ただ単に、彼に…

 捨てられた……のだと。

 いや…
 ただ、新しい、若い女に…

 乗り換えられた……だけなんだと。

 あの時は…
 妻、弥生さんから、わたしへ――

 そして今度は…
 わたしから、若い美卯さんへ――

 ただ…
 若い女が、いいだけなんだ。

 そしてそれは…

 出世に伴う地位と権力の…

 単なる勲章…

 いや、飾りとしての存在価値しかないんだ…と。

 だから…

 その瞬間、 何かが、動き出した。

 もう、止まらないものが――
 

「………専務は、奥におります………」

 わたしは、逸らずに彼を見つめ…

「………」
 奥へと歩む彼の後ろから…

「……まだ……
 …話しては……いないだけ……です………」

 そう、囁いた――

 ちょうど季節は…

 春、卯月が終わり…

 花が散り…

 五月、皐月へと移ろい…

 新緑を生む、初夏の風が吹き始める――

 
 
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