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姉枕
第1章 東京……十八歳
一九九六年(平成八年)、九月──。
夏子、二十三歳。
春吉、十八歳。
寝起きは、目やにがまつげにべったり張り付いていて、すべてがぼやけてみえる。
そのうえ、空はあいにくの天気だった。テレビでしか見たことのない高層ビルの上には、汚れた綿飴のような雲がうごめいていた。
初めての大都会はキラキラしているどころか、くすんでよどんでいた。
岡山駅から深夜バスに乗ったのが昨晩の九時過ぎだったから、十時間以上の長旅だった。
ここは東京、朝の七時過ぎだというのに、バスが到着した東京駅前はすでに喧噪であふれていた。
月曜日ということもあって、会社に行く人も多いのだろう。行き交う人々の足取りも速い。バスの乗降口を出たところで、スーツの男性とぶつかりそうになった。僕は慌てて「すみません」と頭を下げたけど、スーツの男性は立ち止まることもなく、見向きもしなかった。
まるで一方向にしか進めないロボットのように、スーツの男性が走り去っていく。
僕はまだ半分、夢を見ているような心地だった。
それでも、寝起きだから、口の中がネバネバして気持ち悪かった。
歯を磨きたかったし、オシッコもしたかった。
姉さんは七時半ぐらいに迎えに来るといっていたから、まだ少し時間はある。
僕はボストンバックを右肩にかけながら、東京駅の中に入ってみた。
駅構内も人、人、人、だった。
都会の活気に圧倒されながら、僕はトイレのマークだけを頼りに、迷路のような駅構内を歩いた。
トイレはデパートの化粧品売り場かと思うぐらい綺麗だった。
溜まりに溜まっていた黄色いオシッコが、真っ白な便器をペンキのように染めていく。
長い放尿を終えると、僕は洗面台の前で歯磨きを始めた。
鏡もピカピカで、自分の顔がいつもよりもブサイクに見えた。
そのあいだも絶えず、人がトイレに入ってきたけど、僕のことなど、誰も気にしていない様子だった。
なんだか僕は幽霊みたいだった。他の人からは、僕が見えていない。
洗面台で顔まで洗ってさっぱりすると、ようやく目も覚めてきた。
腕時計を見ると、七時半まであと五分。そろそろ姉さんも来ているかもしれない。
この一年、姉さんには全然会っていないから、ちょっと緊張してきた。
今一度、自分の顔を鏡で確認した。
いけね、ヒゲ剃りを忘れた。
夏子、二十三歳。
春吉、十八歳。
寝起きは、目やにがまつげにべったり張り付いていて、すべてがぼやけてみえる。
そのうえ、空はあいにくの天気だった。テレビでしか見たことのない高層ビルの上には、汚れた綿飴のような雲がうごめいていた。
初めての大都会はキラキラしているどころか、くすんでよどんでいた。
岡山駅から深夜バスに乗ったのが昨晩の九時過ぎだったから、十時間以上の長旅だった。
ここは東京、朝の七時過ぎだというのに、バスが到着した東京駅前はすでに喧噪であふれていた。
月曜日ということもあって、会社に行く人も多いのだろう。行き交う人々の足取りも速い。バスの乗降口を出たところで、スーツの男性とぶつかりそうになった。僕は慌てて「すみません」と頭を下げたけど、スーツの男性は立ち止まることもなく、見向きもしなかった。
まるで一方向にしか進めないロボットのように、スーツの男性が走り去っていく。
僕はまだ半分、夢を見ているような心地だった。
それでも、寝起きだから、口の中がネバネバして気持ち悪かった。
歯を磨きたかったし、オシッコもしたかった。
姉さんは七時半ぐらいに迎えに来るといっていたから、まだ少し時間はある。
僕はボストンバックを右肩にかけながら、東京駅の中に入ってみた。
駅構内も人、人、人、だった。
都会の活気に圧倒されながら、僕はトイレのマークだけを頼りに、迷路のような駅構内を歩いた。
トイレはデパートの化粧品売り場かと思うぐらい綺麗だった。
溜まりに溜まっていた黄色いオシッコが、真っ白な便器をペンキのように染めていく。
長い放尿を終えると、僕は洗面台の前で歯磨きを始めた。
鏡もピカピカで、自分の顔がいつもよりもブサイクに見えた。
そのあいだも絶えず、人がトイレに入ってきたけど、僕のことなど、誰も気にしていない様子だった。
なんだか僕は幽霊みたいだった。他の人からは、僕が見えていない。
洗面台で顔まで洗ってさっぱりすると、ようやく目も覚めてきた。
腕時計を見ると、七時半まであと五分。そろそろ姉さんも来ているかもしれない。
この一年、姉さんには全然会っていないから、ちょっと緊張してきた。
今一度、自分の顔を鏡で確認した。
いけね、ヒゲ剃りを忘れた。

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