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僕の伴侶は蜷局を巻く
第1章 Tutorial~プロローグ
こんな時間にお客が?
金剛ミハルは不安な思いで玄関ホールを横切った。埃っぽいタイルを這う蛇尾は一切の音をたてない。
夜間の訪問者がいい知らせを運んでくることは、めったにない。
またしてもチャイムが鳴り、ミハルは相手に牙をチラつかせ、脅したくなる衝動をぐっとこらえた。いくら家庭の事情で苛立っているとはいえ、金剛家の娘ともあろうものが、ドア越しに大声をあげるわけにはいかない。こうして玄関のドアを自分で開けなければならないだけでも、充分に落ちぶれてしまった証拠だというのに。
波立った心を鎮めようと、ミハルはノブを握る前にひと呼吸置いた。べつに悪い知らせと限らないわ。そう自分に言い聞かせた。
しかし、ドアを開けた瞬間に体中の神経に戦慄が走った。
「ユウキ…」
石田勇樹が戸口に身を乗り出し、ミハルのはるか頭上でドア枠に片腕をついた。軍服を着た上半身が覆いかぶさるように迫り、彼女は後退りしそうになるのをこらえた。白い肌だが、明かりを遮って浮かび上がる姿は、人間というより夜の闇の一部のように暗黒たる危険を感じる。制帽を被る端正な顔立ちは知性と力強さにあふれる男性を強調した。一瞬、彼の黒い目が勝ち誇ったように輝き、口角がやや上がった。ミハルは動揺し、そのままドアを閉めたくなった。
けれどミハルは、蛇尾に力を込め、顎を突きだした。彼女とて、尻尾の末端を軸にすれば、目の高さは彼と二、三センチしか変わらない。
「な、何しに来たのかしら?」
「これは意外な展開だ」張り合おうとする彼女にユウキの笑みが大きくなった。「てっきり、毒牙の餌食になると思ったよ」
指摘されるまでもなく、ノブを握る彼女の指には、すでに力がこもっている。ミハルはなんとか平静を取り繕い、無愛想に答えた。「じゃあ、歓迎されてないことはご存じね」
「わかってるさ。でも、ここへ来た」
「…なぜ今更ここへ?」
「まさか君に会えるとは…会えて良かったよ、ミハルお嬢様」
質問を無視され、ミハルは自分の非礼に心から淑女でなくなったことを見破られた気がした。かまうもんですか。私の名を敬意を表したようにナジるように呼んでおいて…。
ミハルは身震いした。「はっきり言って、喜んでいるのはアンタだけよ」
金剛ミハルは不安な思いで玄関ホールを横切った。埃っぽいタイルを這う蛇尾は一切の音をたてない。
夜間の訪問者がいい知らせを運んでくることは、めったにない。
またしてもチャイムが鳴り、ミハルは相手に牙をチラつかせ、脅したくなる衝動をぐっとこらえた。いくら家庭の事情で苛立っているとはいえ、金剛家の娘ともあろうものが、ドア越しに大声をあげるわけにはいかない。こうして玄関のドアを自分で開けなければならないだけでも、充分に落ちぶれてしまった証拠だというのに。
波立った心を鎮めようと、ミハルはノブを握る前にひと呼吸置いた。べつに悪い知らせと限らないわ。そう自分に言い聞かせた。
しかし、ドアを開けた瞬間に体中の神経に戦慄が走った。
「ユウキ…」
石田勇樹が戸口に身を乗り出し、ミハルのはるか頭上でドア枠に片腕をついた。軍服を着た上半身が覆いかぶさるように迫り、彼女は後退りしそうになるのをこらえた。白い肌だが、明かりを遮って浮かび上がる姿は、人間というより夜の闇の一部のように暗黒たる危険を感じる。制帽を被る端正な顔立ちは知性と力強さにあふれる男性を強調した。一瞬、彼の黒い目が勝ち誇ったように輝き、口角がやや上がった。ミハルは動揺し、そのままドアを閉めたくなった。
けれどミハルは、蛇尾に力を込め、顎を突きだした。彼女とて、尻尾の末端を軸にすれば、目の高さは彼と二、三センチしか変わらない。
「な、何しに来たのかしら?」
「これは意外な展開だ」張り合おうとする彼女にユウキの笑みが大きくなった。「てっきり、毒牙の餌食になると思ったよ」
指摘されるまでもなく、ノブを握る彼女の指には、すでに力がこもっている。ミハルはなんとか平静を取り繕い、無愛想に答えた。「じゃあ、歓迎されてないことはご存じね」
「わかってるさ。でも、ここへ来た」
「…なぜ今更ここへ?」
「まさか君に会えるとは…会えて良かったよ、ミハルお嬢様」
質問を無視され、ミハルは自分の非礼に心から淑女でなくなったことを見破られた気がした。かまうもんですか。私の名を敬意を表したようにナジるように呼んでおいて…。
ミハルは身震いした。「はっきり言って、喜んでいるのはアンタだけよ」