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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第2部
第9章
「匠斗、ほら、ここ触ってごらん?」
「う……?」
息子の後ろにしゃがんだ匠海が、チェロのf字孔の下ら辺りに、小さな掌をそっと乗せる。
「チェロが響いてるの、分かるだろう?」
小さな顔を覗き込み、愛おしそうに微笑み掛ける匠海は、紛れもない “父親の顔” をしていた。
そして、
それを見つめていたヴィヴィも、きちんと父親をしている兄を、愛おしく思う一方。
やはりどうしても、何とも説明のし難い もやもやしたものも胸の中に存在していた。
ラスト、デュオで旋律を奏でながらフィニッシュすれば、匠海が拍手をしながら尋ねてきた。
「ショスタコビッチとは、珍しいな?」
その指摘通り、双子が遊ぶ様に奏でていたのは、
ショスタコビッチ作曲 ジャズ組曲 第2番 第2ワルツ。
ショスタコビッチとは、旧ソ連時代を代表する作曲家。
「モーツアルトの再来」とまで言われ、世界中から注目を浴びながらも、
国内からは「ブルジョア的形式主義の音楽」という批判を受け。
政府が求める社会主義的路線に沿った、哲学的内容のある、雄大崇高な作品作りへと徹していく。
――つまり “暗く重く、取っ付き難い交響曲” のイメージが強い作曲家だった。
「まあ……。これは、明るい曲だし……」
甥っ子の頭を撫でながら、答えたクリスに、
「じゃあ丁度良かった。お前達、これ、練習してくれないか?」
そう言って、匠海が壁の書棚から取り出したのは、同作曲家による三重奏の譜面だった。
無言のクリスに対し、そのタイトルを見たヴィヴィは、灰色の瞳を真ん丸にした。
「え? こんな、難しいの?」
個々の難易度も高く、それでいてピアノ、ヴァイオリン、チェロの掛け合いが少しでもずれれば、
目も当てられぬ、悲惨な曲に成り下がる程の難曲。
(3人で揃える日なんて、そうそう無いのに、どうやって練習するんだろ……?)
―――――
※ショスタコビッチ ジャズ組曲 第2番 第2ワルツ
https://www.youtube.com/watch?v=jOSnOuIVsBE
↑これはチェロ5重奏 原曲はオケ