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どこまでも玩具
第10章 晴らされた執念

 ゴキン。
 いきなり鳴った快音に男が怯む。
 首、鳴らしただけなんだけどね。
 類沢は傾いた頭のまま立ち止まる。
 それからゆっくり首を戻す。
 「近寄るな」
 「無理な相談です」
 「近づいたら刺す」
 「知ってます」
 残念だけど、紅乃木哲の方が隙が無かった。
 類沢は目を細めて男を見下す。
 中肉中背。
 力はあるが、人並み程度。
 さっきまでの余裕さえ無くなれば、ただの人間だ。
 間合いの取り方も下手。
 人質にしているつもりだけど、部屋が広いから殆ど意味を成さない。
 唯一、行動を阻むのは

 男の眼。

 据わっている。
 そして、異常。
 「愛してる……」
 「?」
 男は譫言のようにブツブツ云う。
 「哲を愛してるのは他にいない。おれだけなんだ……一人になってしまった哲を守るのは、おれしかいない。ずっとこの身体を守って、誰にも触れさせない」
 ズキ、と頭が痛んだ。
 記憶が押し寄せる。
 男の言葉が、自分の声で反芻する。
 歪んだ愛。
 もしかしたら、僕はこの男と同じ人間なのかもしれない。
 自嘲気味に笑う。
 だったらなんだ、類沢雅?
 自分も笑い返した気がした。
 「アカ!」
 金原が後ろから現れた。
 「哲!」
 母親も。
 瑞希を一人残してきたのか。
 その気持ちもわかる。
 男に視線を戻す。
 「どうしますか?」
 「……こうだ」
 ナイフを振りかぶる。
 紅乃木哲を抱き寄せ、その首元めがけて勢い良く振る。
 首にナイフが触れる。
 そんな寸での所だった。
 男の手を掴んで止める。
 危なかった。
 薄皮一枚は切れただろう。
 手が震えている。
 「心中する気?」
 男は片手で息子を抱き締めた。
 「離しなさい」
 襟梛が進み出る。
 「離しなさいよ」
 上着の中に手を入れ、包丁を男に向ける。
 流石は元家族だ。
 類沢は呆れつつも手を掴む力は弱めない。
 金原も勢いに圧され、壊れたドアの前で立ち尽くしている。
 瑞希がいなくて良かったかもしれないな。
 類沢はその空間を見て思った。
 「お前は哲をどうしたいんだ」
 男が尋ねる。
 むしろ、彼にこそ訊きたかった質問ではあるが。
 「あなたから守りたいの」
 「それを哲は望んだのか」
 「望んでいなくてもいい」
 「それは哲のためなのか」
 「あなたが云わないで!」
 襟梛が声を荒げた。
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