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どこまでも玩具
第12章 晒された命
明かりを点ける。
冷たい空気が止まっている。
留守?
類沢は急いで寝室を覗く。
「雅? 素敵なお家ね」
今朝のままのベッドに、瑞希が着替えた跡。
クローゼットに隠れる訳はない。
念の為風呂場を確認するがいない。
弦宮がソファに鞄を置き、部屋を眺め回している。
「シンプルで雅らしいわぁ。家具は外国産ね。綺麗な配置よ」
返事がないので、彼女は類沢の元に歩いてゆく。
その背中を見てビクリとした。
今までの冷静さが消え、怒りすら読み取れる背中。
嵐の前の静けさのような、穏やかで恐ろしい空気を纏って、そこに立っていた。
「雅……?」
「麻那姉さん、裁判まで原告は普通の生活を許されていますか?」
「え?」
名前で呼ばれたことより、内容に眉をひそめる。
「自由に出歩けますか」
「それは……まぁ、重犯罪の容疑者じゃないんだから」
言い終える前に類沢が振り向いた。
冷たい瞳で。
「ど、どうしたの?」
こんな眼見たことがない。
喧嘩が耐えない彼を心配し、救急道具を持って来たとき、いつも据わったその眼が怖かった。
でも今は、それらに勝る。
多分、今まで類沢雅という人間に無かった感情が渦巻いているんだろう。
弦宮は、こんな時すら痛む胸を呪った。
醜い嫉妬心を呪った。
自分は作り出せなかった表情から目を逸らして。
「出掛けてきます」
「どこに!」
リビングに戻る類沢を追いかける。
「失いたくないものを連れ戻しに行きます」
「っ……連絡つかないの?」
「携帯と家、両方に電話を掛けましたが」
コートを掴んだ手に縋る。
「麻那姉さん?」
「姉さんはやめて!」
ピンと張り詰めた空気が二人を包んだ。
弦宮の手は震えていた。
本人にもわからない、不安だった。
「ちゃんと……ちゃんと帰って来なさいね。絶対に」
行かないで。
行かないで。
せっかく会えたのに。
もう離れなければならないの。
悲痛な叫びを呑み込んで。
嫌な予感と共に。
類沢は両手で優しく弦宮を抱き締めた。
昔、彼女がしたように。
「帰って来たら、勉強して上手くなった料理をご馳走させて下さい。必ず瑞希と一緒に帰って来ますから」
類沢が離れる。
「またあとで。麻那さん」
鍵を置いて、玄関が閉まる。
「絶対よ」
弦宮は涙を拭った。