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どこまでも玩具
第12章 晒された命
「ねぇ、もしも教師を辞めることになったらどうするの?」
「貴女は負かせる気ですか」
「そうじゃないわ」
弦宮は笑いながら否定する。
「訊いてみたかっただけよ」
「その時は……そうですね。貴女の望み通り、画家になりましょうか」
「あら。卑怯者」
「どうしてです?」
「そんな約束覚えてるなんて卑怯だわ……」
類沢は黙って彼女の震える肩を抱き寄せた。
「でしたら、卑怯をもう一つ」
二人の体が密着する。
弦宮は息子を愛おしむように類沢を見上げた。
頬を酒と痴情に赤らめて。
「夕飯は家に来て貰えませんか」
「え?」
意味を図ろうとして、混乱する。
だが類沢は淡々とした声で続けた。
「僕の失いたくないものに」
グラスを傾ける。
香りが鼻先を掠める。
弦宮をまっすぐに見つめた。
「会って欲しいんです」
歩きながら類沢は施設にいた頃を思い出していた。
弦宮はみんなの母だった。
食事を作り、ピアノを弾く。
色んな遊びを知っていた。
全員が覚えるまで根気よく教えた。
「あら、流れ星」
「見えましたよ」
「本当に? 見間違いじゃなかったのね」
記憶の中の彼女は褪せることなくまた現れた。
最後に会ったのは大学一年の時。
あのとき、彼女は弁護士資格を得たばかりだった。
裁判の話をよくしていた。
それが突然途絶えた。
―雅は人を愛したことあるかしら―
軽く切り出した、重い告白。
類沢は、夜空を眺めながら目を細める。
首を振っていなければ、どうなっていたかなど、どうでもいい。
ただ、西雅樹にも宮内瑞希にも会うことはなかったんだなとぼんやり考えた。
「雅」
「なんですか」
「家にいるのが質悪い娘だったら私もなにかしちゃうかもしれないわ」
そう弦宮は悪戯っぽく笑った。
「大丈夫ですよ、麻那姉さん」
弦宮の足が止まり、俯き加減で振り返る。
「久しぶりね……本当に」
昔の呼び名。
いつから貴女と呼ぶようになったのか。
きっとそれは、あのとき以来なんだろう。
彼女を名前で呼ぶのは傲慢に思えたから。
貴女が僕を名前で呼ぶ意味もわからずに。
「こんなところに暮らしてるのね」
「良い意味ですか」
「勿論よ。静かで、綺麗な所ね」
類沢は微笑んで、鍵を取り出した。
瑞希を随分待たせてしまった。