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どこまでも玩具
第13章 どこまでも

 雲が流れる。
 真っ黒な海を。
 「有紗は、今誰かに告白されたらどうする?」
 「そんっ……なの」
 「断るに決まってる?」
 有紗が息を呑んだ。
 「せんせ……せんせの口からきかせてください……せんせは」
 カツンカツン。
 巡回の看護師の懐中電灯が揺れる。
 こちらに向かって来ていたが、角を曲がって去っていった。
 沈黙が戻る。
 「瑞希のことが」
 「好きだよ」
 フッと笑いが零れる。
 好き、か。
 紅乃木に尋ねられた時は出なかった言葉。
 全神経が波打っているようだ。
 初めて自然と口にした言葉。
 そうか、と自分に納得する。
 携帯を耳から外し、下に降ろした。
 親指で電源ボタンを押す。
 声の道が断ち切られた音がした。
 
 有紗は耳に押し当てた携帯から聞こえる電子音を聞いて泣いた。
 不思議と声は出なかった。
 流れるだけの涙を何回も何回も拭って、余計に溢れてむかついて。
 結果は初めからわかっていた。
 見たのだ。
 駅前で。
 二人が並んで歩いていたのを。
 会話の流れで、無表情だった瑞希が微笑んだ瞬間の類沢せんせの顔を。
 あんなに嬉しそうな、優しい顔を自分には引き出せないって。
 ズルッと手が落ちる。
 携帯が床に着く。
 弦宮は黙ってキッチンに向かった。
 「あーあ。フられちゃった」
 機械のように抑揚が無い声。
 顔を覆って、息が詰まりそうな感情を流してゆく。
 「あー…」
 声と共に出て行ってしまえ。
 瑞希。
 雅樹。
 類沢せんせ。
 あんたたちから見て私はどれほど滑稽だったのかな。
 哲。
 一度も認めてくれなかった優しさが今はこたえる。
 こんな結末わかりきっていたからこそ、バカはやめろって。
 苛々しながら。
 圭吾。
 助けて。
 苦しいよ。
 好きな人が離れるのは。
 こんな甘えしかない自分を、誰か強く叱りつけてください。
 まだ諦めきれない心を燃やして捨ててください。
 それがダメならいっそ…
 手首に爪を立てる。
 「ダメよ」
 弦宮の白い手がそれを押さえた。
 もう片方の手の中では、ココアが湯気を立てている。
 「女は逃げちゃいけないの」
 「麻那さ……ん」
 「十年経っても雅以外に相手を見つけられない……無様なおばさんからの助言よ」
 そう言って笑う弦宮に、救われた気がした。
 ココアを飲んで、彼女も笑った。
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