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どこまでも玩具
第5章 明かされた記憶
「アカ……怪我は、ない」
「ないよ」
「仁野がさ、呼んで」
扉の外に有紗が立っている。
昼休みに入り、廊下が騒がしい。
それに気づいた瑞希が閉めに行った。
有紗も恐る恐る端に寄る。
廊下から一人の声がした。
篠田だ。
「……みぃずき、有紗連れてって」
「は?」
焦れったい。
「じゃあ、何も知りませんって口裏合わせて」
「何言って」
「いいから!」
空気が凍る。
怒鳴るのは嫌いだ。
他人が傷つく。
「紅乃木、それでいいんだ?」
類沢が白衣を整えながら呟く。
「……どうせ少年院も二度目だ」
「え」
瑞希、固まるなよ。
知ってるよ。
知らないことくらい。
でも、そろそろ言うよ。
「昔さ、父さん刺したことあるんだ」
わかる?
簡単にナイフを人に突きつけられる訳。
「死ななかったけどね」
一年前に病院を脱走した。
それだけは聞いた。
どこにいるのかはわからない。
「……みぃずきが類沢に襲われてるって聞いたら、さ……昔のこと思い出して。父さんと重なって、だから本気だったけど」
類沢は机に腰掛けて地面を見ている。
みんな黙ってる。
黙って聞いている。
「でも、やっぱ間違いだよな……他人だもん。類沢は父さんじゃない。ちょっと安心した。安心したってうのも変だけど、この先生には理性がある。怖いくらい冷めた理性がさ」
「……だよな」
瑞希が苦そうに同調する。
紅乃木はニヤリと笑った。
「ごめん。ごめん、瑞希」
ガラッ。
「類沢先生?」
篠田が入ってきて、すぐに扉を閉める。
状況が把握できないようだ。
「これは……」
「生徒の諍いです」
「え?」
生徒である三人は同時に声を上げる。
当の本人は飄々と続ける。
「そこの女の子を巡って、二人の争いが起きたので止めてたんです」
「類沢先生、言っている意味が」
「始末は担任のあなたにお任せします」
有無を言わせぬ口調だ。
篠田も当惑する。
「凶器は?」
類沢はポケットに手を入れて微笑んだ。
「そんなものありません」
だが、紅乃木は見ていた。
ポケットに入れる瞬間の右手に二本のナイフが握られていたことを。
「ほら、昼休みが始まってる。キミ達は篠田先生と行きなさい。喧嘩は場所を考えてね」
「せんせぇ…」
有紗が笑った。