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どこまでも玩具
第6章 剥がされた家庭

 類沢が時計を確認する。
 「まだ、帰ってないの?」
 そりゃ訝しむだろう。
 もう9時だ。
 俺は小さくかぶりを振った。
 「……もう、帰って来ないんです」
 そうか。
 帰って来ないんだ。
 美里は道を決めた。
 俺とは生きてかないと決めた。
 いつからだった。
 こんな方向になったのは。
 仲良しだったらこうはならなかった?
 俺は兄として失格だった?
 「辛いね」
 一言ぽつりと、類沢は囁いた。
 「あんたに何がわかる訳?」
 声が震える。
 アカの家の事情を聞いても微動だにしなかった非情なあんたに、何がわかる。
 「僕は孤児院で育った」
 「……え?」
 類沢は箸を置いて、テーブルの上で手を組んだ。
 そして、俺の後ろを見通すような目をする。
 「赤ちゃんポストって知ってる?」
 「まぁ……一応」
 「あそこに入って、衰弱死寸前だった所を発見されたんだ。手紙も何も両親の手がかりになるようなものは一つも無かった。名字すらね。それから、病院の保育器で過ごした。孤児院に連れられた時、まだ家族って概念が無くてね。そこの小さな社会が僕の世界だった」
 類沢を見つめて、幼き彼を想像する。
 「中学からは一人暮らしさ。自炊も親のいない行事も慣れたものだった。友人の親に弁当を分けて貰ったりして紛らわせてね」
 うちは毎回海老フライだった。
 美里が大好きで、母さんは30個は作ってたな。
 懐かしい。
 もう四年も前か。
 「一人は長いよ」
 類沢が顔を緩めた。
 そして、無表情になった。
 「……中学から、もう15年か」
 俺は何を云おうか迷った。
 恐らく、類沢は胸に秘めていた過去を話してくれた。
 それは、慰めるためなのか。
 「だから、来たんだ」
 顔を上げる。
 「一人の時、一番思ったのが『誰か来て』だったから」
 目頭が熱くなる。
 なんなんだ。
 あんたは。
 類沢の姿が滲む。
 理解できない。
 散々俺を弄んだくせに。
 生徒を人とも思ってないくせに。
 なんで優しくなるんだ。
 「瑞希が落ち着いたら帰るよ。明日から来いとは言わない。だけど、篭もってたら体に悪い」
 また、教師の口調に戻る。
 「余談だけど……言っていいのかな。瑞希の親友達が保健室に駆け込んできてね、瑞希をどこへやったって怒鳴りかかってきたんだ」
 金原とアカが?
 「良い親友達だね」
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