この作品は18歳未満閲覧禁止です
- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
吼える月
第36章 幻惑
・
・
・
・
沈む。
沈む。
サクは、漆黒の水の中に沈んでいた。
体の穴という穴から内に入り込む闇はサクの体内を侵蝕し、激痛を伴って外に出ると、それは外の闇に溶けて濃度を高め、またサクの体内に入る。
闇の循環。
闇の連鎖。
どこまでも純度の高い闇に、サクの体は作り替えられていく。
守るべき愛おしい姫は、他の男の腕の中に。
いらないのだと言われた瞬間、サクは存在意義を虚無に還した。
最強の武神将であった父や、うざったくなるほど愛情を注いだ母を死なせても、それでも愛するユウナを守るために、玄武の認可で父の後を継いだというのに。
――サクはいらない。
もう、出る涙も涸れ果てた。
声も喉奥から出てこない。
体も思考も、闇に溶けた。
ただ――、 闇が内と外を行き来するこの痛みだけが、己の存在証明。
すべてはなくなり、痛みしか残されていなかった。
手を伸ばして、思いきり手を伸ばして――その手を掴もうとすれば、振り払う非情な姫。
こんなに狂おしいほど愛しているというのに、この愛が伝わらない。
彼女が求めるのは、同じ銀の髪をした幼馴染みだけ。
昔も今も、いかに自分が彼女の近くにいても。
体の感覚は失ったのに、なぜこの苦しさだけが残っている?
せめてこの苦痛だけでも忘れられれば、喪失することが出来れば、この痛みも少しは軽くなれるのに。
闇がごぼこぼと勢いを強めて、サクの体内に入ってくる。
より深い闇に、サクは汚染されていく――。