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吼える月
第36章 幻惑

 サクは振り向くと、仰向けになって信じられないような目を向けているユウナの前でしゃがみ、ユウナの頭を撫でた。

「な、なに!?」

「こうしたい気分なんで」

 にかっといつものように、サクは笑う。

「こ、子供扱いは……」

「……幻でよかった」

 不意にサクは泣きそうな顔になる。

「姫様が、リュカの元に行ってしまったと思い、自暴自棄になっていました」

「……それはないわ」

「そうだとは、思えなかったから」


 自嘲気に笑うサクは、ユウナの手を掴んで彼女を立たせた。


『これ、我も……』

 やはり同じように仰向けに転がっているラクダは、完全に無視されて。


「俺の生きている意味は、姫様を守ることだ。女々しいけど、いらなくなった時点で俺の存在意義は……」


 途端、ユウナがサクの体に抱き付いた。


「姫様?」

「サクに、言いたい言葉があるの」

「はい?」

「だけどあたしを信じない馬鹿なサクに腹が立つから、今は言ってあげない」

「……腹立つ割には、こうぐいぐいと……」

 もじもじしながらもと柔らかな体を押しつけてくるユウナに、サクは顔を赤らめながら、理性を強めることに必死だ。

 それでも拒む気はないようだ。

「仕方がないでしょう? だって、あたしがこんなにサクを必要として大切に思っているのに、サクは信じないんだから。サクはあたしのものなの。あたし、サクを手放さないわ、この先も絶対!」

 ユウナは泣きながら、サクの背中に回した手で、サクの服を引き千切りそうなほど強く握りしめた。

「……」

「……ぐす」

「……」

「……ちょっと!! なにか言いなさいよ!」

 無言が辛いユウナは、照れ隠しのように叫ぶ。

「いや、その……、ですね? これだけ殺し文句連発していて、今は言わないという、姫様の言いたい言葉ってどんなものかなと考えて」

「……っ」

 ユウナはサクの足を踏んづけた。
 
「いて!」

 機敏な武神将は、ユウナには敵わない。
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