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監禁DAYS
第7章 今から吐かせて
突発性難聴。
その恐怖を友人から聞いたことがある。
或る日突然に彼の右耳は機能しなくなった。
目覚めた朝に、右に寝ていた恋人が言った「おはよう」の四文字が遠い。
気のせいだろうといつも通り出勤しようとした際にかかってきた電話。
右利きの彼は右耳に当て、何度も相手の言葉を求めた。
何も聞こえないはずがないのに。
相手は苛立ち、電話を切ってしまったそうだ。
なぜ、きこえないんだ。
その言葉は彼が彼自身に無限と問いただすことになる。
「ふざけて口パクで会話したり遊んだろ。あれって数分と持たないんだ。不気味になってくるんだよ。でも、僕はずっとあの遊びを強制されてるんだ」
一年後、飲み屋で彼は明るく笑った後に、ふとこうこぼした。
「きっともう片方の耳もいつか聞こえなくなる。その日が怖くて仕方ないんだ。世界が無音になる時が来るのが、怖くて仕方ない」
反芻した意味は彼にしかわからない重大な、それでいて確実に近づいてくる恐怖が含まれていたんだろう。
今目の前の美月が、悪趣味に口パクを繰り返す。
「聞こえない」
それでも美月は巫山戯をやめてくれない。
「聞こえないんだ」
すると彼女は眉を八の字に歪め、そっと抱きしめてきた。
耳元に呼気が当たるのに、何かを言っているのはわかるのに捉えきれない。
「シット……片耳ずつじゃなかったのか」
岸原の死体の上で、涙が溢れた。
さっきまでの気が違った所業から目をそらそうにも、涙をこぼしたくないから目を見開いたまま美月に顔を預けた。
冷たくなっていく死体と、残酷なほど熱い美月の体。
床に着いた両膝が痛い。
また何かを囁かれた。
「聞こえないんだ……」
呪いなんて、消えてしまえ。