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あの店に彼がいるそうです
第7章 どちらかなんて選べない
 なんとか頭を冷やす。
 崩されない正論で反撃しないと。
「そのぉ……あっ! ほら、忍は今禁酒禁煙なんだろっ。ホスト大変だよ。酒はたくさん飲まなきゃだし。倒れちゃうって」
「平気だっつの。今まで飲んでた量に比べればな」
「まあ、オレも心配だけど……忍の酒の強さはやべえから大丈夫かもな。酔いつぶれたとこ見たことねえし。医者も煙草だけやめろって言ってたわけだし」
 それは、医者も検査までにホストになるなんて予想していないだろうよ。
 俺はもうアクセル音が聞こえる錯覚がした。
 すでに二人には歯止めは効かないかもしれない。
 焦りだけが襲う。
「えっ、じゃあシエラに来るってこと?」
「どうせなら歌舞伎町一のホストクラブで働きたいしな」
 軽く云ってくれる。
 ちょっと前までは近寄ることすら怖がっていた歌舞伎町だぞ。
 俺はだけど。
「マジ? 俺はその雛……雛人形みたいなやつのとこに行ってみるかな」
「雛谷さんな」
「それそれ」
 名前を訂正している場合じゃない。
 一気に現実味を帯びてきた。
 拓が俺のところに膝立ちで寄ってくる。
「今度類沢さんに頼んでくんね。新人になりたがっている気合入ったホストうってつけの奴がいますって」
「俺の立場わかってる? 俺も新人だぞっ」
 変な汗をかいてきた。
 手が熱い。
「絶対落とされんだろ、拓なんか」
「なんかってなんだ。言っとくけどな、オレ料理がうまいだけじゃなくて酒にも詳しいし花言葉も結構知ってるし、ガールズトークは慣れてんだよ」
「なんで慣れてんだよ。気色悪ぃな」
「忍で鍛えたから」
 ウィンクした瞬間、ばふっと枕の直撃を食らう。
 俺は気配を察して避けた。
「とりあえずほら、類沢さん忙しいし……俺なんかが頼んでもたぶん相手にされないっていうかさ。駄目だと思うってか」
「別に僕は構わないよ」
 三人が同時に叫んだ。
 部屋の入り口に立っている人物を見上げて。
 濡れた袖口から伸びた指が俺を差す。
「待たせすぎ」
 今なら土下座して謝れる。
 本気で思った。
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