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あの店に彼がいるそうです
第8章 一体なんの冗談だ
「いくつあんの?」
「忍と一時期ハマってたから、多分六ヶ所はやった」
「マジで?」
 相当痛いと聞いて、河南も俺も試していない。
「瑞希は髪で隠れてるけど、そのうち言われるかもな」
「えっ。空けんの」
 耳たぶを指で挟む。
 正直、厭だ。
 トントンと肩をつつかれる。
「私語はいいけど、向こうに気づいてるか」
 一夜が低い声で囁く。
 その視線を辿ると、入口に近いテーブル席、№5の集団の殺気を感じた。
 真ん中にいるのは瀬々晃。
「瑞希、随分と絡まれてるみたいだな」
 敢えて前を向いたまま会話を続ける。
「初日から酷かったつうか……」
 今も思い出せば鎖骨がびりびりと痺れるようだ。
 結局あれから目立った接触はないが、すれ違いざまに露骨に嫌な顔をされるのは恒例となっている。
「お前一人ならともかく、新人までコネで入れたと思っているからな。相当気に食わないと思うぞ」
「オレのせいっすか」
「前向いてろ」
 身を屈めてきた拓を、一夜が腕で押し返す。
 そうだ。
 拓は知らない話題だろう。
 丁度客が入ってきたので全員で挨拶をする。
 本当に毎回よく揃うもんだ。
「あ。三嗣連れていかれた」
「本当だ。あいつも固定客は掴んでいるからな」
 背中を見つめる兄の目は、穏やかなものだった。
「晃の件は、類沢さんに話したのか」
「いや……まだかな」
 治療は行ったが、主犯までは教えていない。
「なんで?」
「復讐が目に見えているっていうか」
「二度と顔合わせなくて済むことになるのによ。あの人は暴力に対して冷酷な位厳しいからね」
 ちらりと店の中央を見遣る。
 そこでグラスを傾けるトップの男を。
 それからまた客が来て、礼をする。
 今度は拓に声が掛かった。
「アカさんのヘルプ行ってきまーす」
「行ってらっしゃい」
 ヘルプか。
 俺も蓮花さんがいなければ他のホストの客の機嫌取りしかできない。
 それも失礼の無いように気を張り詰めて。
「瑞希って意外に強いんだな」
「え?」
 前後の流れが読めなくて聞き返す。
「すぐに類沢さんに云うかと思った」
「それは……」
「俺だったら利用するね」
 そっちの方が意外だ。
 いつもポーカーフェイスの一夜の内部を垣間見た気がした。
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