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あの店に彼がいるそうです
第8章 一体なんの冗談だ
「親の顔も見ていないし、兄弟姉妹がいるかもわからない。病院のポストで発見されて、衰弱状態から回復すると同時にここに移された。零歳から十五歳まで、沢山のこどもがいてね。大抵は同じように親に捨てられた子達だった。誰もが他人で、でも大きな家族みたいなもので。この白い棟に四十七人が暮らしていて、その中の一人が麻那姉さん……弦宮麻那だった」
 日傘を差して笑う女性。
 腰元まであるブラウンの髪。
 類沢さんを、世話した人。
「彼女はこの天使の楽園に元々いた人だった。つまり、孤児だった。意外に表面には出てきていないけど、本当に多いんだ。僕や彼女みたいなこどもは。全国に二万人以上いるらしい」
 初めてだ。
 自分と同列に人のことを語るなんて。
 それほど、麻那という人は心をわかちあった仲なのだろうか。
 同じ境遇。
 幼少期を毎日共に過ごす。
 俺は美里を思い浮かべた。
 二歳離れた妹。
 不思議だ。
 本当の俺たちみたいな兄妹より、類沢と麻那という人の縁が深く思える。
「階ごとに担当が分かれていてね、年々生活をする場所の階数が上がっていく。同時に担当も変わっていく。初めて会ったときは確か姉さんは十一歳で、本当の姉みたいに一緒にいてくれた。よくこの広場の端の花壇に座って話したよ。ほとんど彼女が話すのを聞く感じだったけどね。僕が四歳のとき、十五歳で楽園を卒業したんだ。高校と大学に行くために。出発の日に、必ずここの職員として戻ってくるって園長に誓ったらしい。計算は簡単でしょ? それから五年後、九歳のときに本当に帰ってきた。短期大学を出て、資格をとってね」
 その日を思い浮かべて、類沢は宙を見つめた。
「五年間、一度も切らなかった髪は背中まで長くなっててさ。あとで園長に聞いた話だけど、ここに戻る約束を忘れないために伸ばし続けたらしくてね。凄いよね……それから、前みたいに生活が再開したんだけど……」
 何かが起きた。
 そうでなければ、触れさせないように仕舞っておくべき記憶じゃない。
 俺は固唾を呑んで、姿勢を正した。
 酒が回っているせいもあるかもしれないけど、こんなに饒舌な類沢は見たことなかった。
「二十二歳になった姉さんと、外出許可を貰った日だった」
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