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あの店に彼がいるそうです
第8章 一体なんの冗談だ
「座って」
 手でベッドを示される。
 俺は校長室に呼び出された中学生のような圧迫感を肌で感じながら浅く腰掛けた。
 あの引き出しから手紙を取り出す。
 それから白い建物と二人の人物が映った写真立を持ってくると、固定されたその額を外し中から何かを摘まんだ。
 写真の裏に隠された革切れ。
 暫くそれの手触りを確認して、ポンと俺に投げ渡した。
「えっ、ああっ。ちょ」
 なんとか掬うように受け取る。
 年数の経った革の感触。
 たぶん、当時は随分光沢もあって硬かったんだろう。
 部分が剥げた文字を目に近づける。
「二十……三、えっと」
「二十三号。僕の前の名前」
 俺の隣に座りながら、まるで天気のことでも話すみたいに云う。
 どう答えればいいのかわからない。
「囚人、だったんですか」
「ちょっと違う」
 類沢はベッドに手をついて脚を組んだ。
「まあ……似たようなものかな。この手紙の差出人から逃げた時点で僕は罪を犯したのかもしれないね」
 その声は、初めて会った時の穏やかさとか、責める時の冷酷さとか、食事の時の優しさとかとはどれにも類さない、多分、切なさと呼ばれる響きが混ざっていた。
「何度もあの人は僕を探してくれたんだけどね」
 手紙の差出人。
 過去の人。
 俺は記憶から名前を見つけた。
 弦宮麻那。
 一瞬だけ見た手紙に並んだ一つの言葉。

-会いたい-

 一通の手紙に、たった四文字のメッセージ。
 余分なものは一切なく、なのに圧されるメッセージ。
 俺は、その美しい羅列と込められた想いに手が震えたんだ。
 玄関の開く音がして急いで寝たふりをしたときも、頭の片隅にはっきりとした残像が浮かんでいた。
 類沢が写真を渡す。
「右が手紙を送ってくれた麻那姉さんで、左が」
「類沢さん」
「……そう。それは十二歳のときのでね。その三日後に、僕は施設を抜け出したんだ」
「施設?」
 異様な空気の白い建物。
 これを差しているんだろうか。
「孤児院。名前は……天使の楽園、だったかな」
 嘲るような口調。
「孤児院にいたんですか」
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