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あの店に彼がいるそうです
第8章 一体なんの冗談だ
「あの写真を撮った四日後が麻那姉さんの二十三の誕生日だったんだ。でも僕はその前日に写真だけ持って抜けたから、その日に忘れないように書いたんだよ。別れた時の二人の年齢を。僕は十二で彼女は二十三」
「十一歳差ですか」
 となると、類沢が二十九だから麻那という女性は今丁度四十歳。
 あの日傘をもって優しく笑む女性の今の姿を想像してみる。
 変わらない笑顔。
 その裏に宿る類沢への想い。
「十七年前の話なんですね」
「そんなに経ったんだね」
 それでも鮮明に思い出し語れるのは、その日々が類沢にとって本当に色濃かった証拠だろう。
 興味のない世界の中で、麻那姉さんだけは、彼の光だったんだろう。
 写真の女性を思い出す。
 どういう気持ちだろうか。
 人生を共にしたいと思った相手が突然会えなくなるのは。
「類沢さんは……」
「ナニ?」
 尋ねようとした質問が口元から零れ、シーツに浸みる。
 安易に訊いてはいけない事なんだ。
 彼女と彼の関係は、俺なんかが推測してはならない。
 そんな畏敬の念すら湧いていた。
「いえ。昔から美形だったんですね」
 誤魔化した苦笑いを見つめられる。
 蒼い目が揺らぎ、それからふっと笑む。
「お褒めの言葉をありがとう」
「やだな。ふざけないでください……俺のが恥ずかしいじゃないですか」
「あははは。瑞希の少年時代はもっとずっと可愛かったんだろうね」
「そんなことないですよ。こう……はなたれ小僧っていうか」
「昭和じゃないんだから」
 低く笑う。
 ベッドが少し軋む。
 月明かりは随分角度を変えて、もう朝が近づいていた。
 互いの呼吸と秒針の動く音だけが数分響く。
 ぼーっと余韻に浸るような沈黙。
 初めて触れた類沢雅という存在に。
 本当に今の話は隣にいる人間のものなんだろうか。
 そんなことすら過ぎる。
「どうして、話してくれたんですか」
「うん。訊かれると思ったよ。僕の過去を話すのは瑞希で三人目だからね」
 篠田チーフ。
 あと、誰だ。
 俺は闇の中の横顔を見つめる。
「なんでだろうね」
「え?」
 類沢がこちらを向き、俺の頬を手の甲で撫でる。
 細く、冷たく、頼りがいのある手。
「酔ったせいかもね」
「今日はそんなに飲んでないじゃないですか」

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