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あの店に彼がいるそうです
第2章 郷に入ればホストに従え
 じぃっと見つめられるので、俺は焦りながらグラスに口をつけた。
 だが、キツい香りに液体を飲み込むのが躊躇われる。
 ほんの一口が脳に回り、視界が歪んだ。
 それも一瞬のことで、暫くすると少し赤みがかった現実にピントが戻る。
「酒……ですよね」
 類沢は自分のグラスに注ぐ。
「小手調べってとこかな。強いかどうかのさ」
 俺はなんだか騙し討ちを食らわされたようで気分が良くなかった。
 クラクラするし、舌先が痺れる。
 早く水が飲みたい。
「弱いね」
 一言が随分重かった。
 ショックを受けていると、肩を掴まれソファに押し付けられる。
 それからグラスの中のを口に含むと、俺の唇に重ねた。
「んっ……?」
 まだ事態が把握出来ずにいる中、喉に生ぬるい液体が流れてゆく。
 ギュッと目を閉じていると優しく頬を触れられた。
 ゴク……
 ぎこちなく飲み込んだ酒は、さっきより甘く感じた。
「出来るじゃん」
 類沢は濡れた唇を舐めて囁いた。
 やっと、口移しをされたのだと気づき、顔が熱くなる。
 のしかかる類沢を退けようとするが、力が入らないせいでびくともしない。
「なに……して」
「だから小手調べだって」
 意外なほど、あっさりと下がった類沢はグラスを持ってキッチンの方に消えた。

 呆然とソファにもたれる。
 なんていうんだっけ。
 夢心地じゃなくて。
 信じられない感じの。
 夢うつつ、違くて。
「なにブツブツ言ってるの?」
「うわっ」
 耳元で声が聞こえ、飛んで前につんのめってしまう。
 振り返ると、スーツに着替えた類沢が立っていた。
 右手に持っていたペットボトルを緩やかに投げる。
 キャッチして見ると、"さんぴん茶"と書いていた。
「……なんで、さんぴん茶?」
「知ってるんだ、さんぴん茶。沖縄ルーツなのにね。酔いを醒ますには良いから、今日はそれを飲んで」
「はい……」
 早速試してみると、全身に冷気が走ったような爽快感があった。
 これなら、いけそうな気がする。
 いや、なにがかわからないけど。
「早く着替えなよ」
 まるでさっきのことなど消え失せたかのように平静とした類沢に、俺も忘れようと首を振った。
 何かの間違いかもしれないし。
 まさか、男が男に口移しなんて。
 そんな。
「あぁ、そうだ瑞希」
「瑞希?」
「今夜は自分で飲みなよ」
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