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あの店に彼がいるそうです
第2章 郷に入ればホストに従え
 ちゃんと周りと同じように言ったのに、客は眉をしかめて俺を見る。
「ねぇ、この子新人?」
「なんか雑だよね」
 俺はそこで初めてテーブルに水滴が散っているのに気づいた。
 そっと置かなきゃ駄目なのか。
 冷や汗が流れる。
「名前は?」
「え?」
 すると、女性の隣にいた赤髪の男が鋭く俺を睨みつけた。
 確か、NO.2の紅乃木哲。
「あ、えっと」
 こういうのって本名なのか。
 それとも偽名なのか。
 篠田さんに聞けば良かった。
 だが、紅乃木の威圧感に耐えきれず、結局本名で名乗った。
「瑞希だって、かわいい」
「そう?」
 女性の一人がタバコを取り出した。
 すっと紅乃木が火をつける。
 俺もああしなきゃ。
 一つずつ学ぶんだな。
「ところでアカ~。今度新作の服発表するんだけどモデルになってくれない?」
「光栄ですね」
 俺は去り際だと悟り、礼をして下がった。
 入り口に戻りながら店内を見回す。
 キラキラ。
 煌煌してる。
 眩しい。
 色んな客がいる。
 若いのも、定年過ぎも。
 そして、俺の目線は一点に止まった。
 店の中央の丸テーブル。
 まるで完全なプライベート空間のように仕切られた場所。
 そこで微笑む類沢に。
 セットした髪が妖しく揺れる。
 美しい。
 いや、綺麗。
 違う、絢爛?
 どの言葉も相応しくない。
 類沢雅。
 歌舞伎町NO.1。
 少し寒気がして、俺は歩き出した。

 入り口に着くと、先ほど指示した男はもういなかった。
 指名されたのだろうか。
 突然、童顔の青年が歩み寄ってきた。
 自然に並んで、囁くように話しかける。
「新入りだよね」
「今日からです」
「千夏だよ、よろしく」
「ちな……つ?」
「そう、千夏」
「へぇ」
「へぇ?」
 千夏の目が光る。
「あ、俺は瑞希です。よろしくお願いします」
 えへへ、と千夏が笑顔になる。
 なんか和む。
「そのスーツ、ドルガバだよね」
「あ、はい」
「お酒零さないようにね。凄いスーツなんだから」
「え?」
「ようこそ、シエラへ」
 指名され千夏が行ってしまってから、俺はスーツを見下ろした。
 ドルガバ。
 そんなに凄いのか。
 俺は襟元を正して、ぴんと背筋を伸ばした。
 こんなスーツ着たことないしな。
 少し、顔がにやける。
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