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あの店に彼がいるそうです
第2章 郷に入ればホストに従え
「あとその個室ね」
「はい!」
 閉店後、店内の掃除に続きトイレの掃除を任された。
 新人は自分以外にも二人いて、一夜と三嗣という名前だ。
 同い年の一夜がお兄さんで、三嗣が弟らしい。
「千夏だけが上に上がっててさ、三人兄弟な訳」
「ナニソレ! 兄弟全員でホストやってんの?」
 俺はブラシをカタンと落とした。
 急いで拾うと、一夜がまた口を開く。
「両親がいなくてね。深夜の道路工事じゃ体力的にキツい。しかも大学に行く金なんて無いからさ、就職も大変だろ」
「はぁ……」
 そうか。
 色んな事情を抱えるホストもいるんだなぁ。
 流しを終えた三嗣がスキップ気味に戻って来て笑った。
「ま、なによりホストが楽しいからやってるんですけどね」
「え」
「だって計算とか、接待とか面倒くさいことしなくて済みますし」
「計算と接待を同じ計りにかけるな」
 一夜がコツンと頭を叩く。
 仲良しだ。
 見て取れる。
「目指すは類沢さんです!」
「トップに着きたいの?」
「そりゃ、そうですよ」
 瑞希さんは違うんですか。
 三嗣の目はそう訊いていた。
 二つ年下。
 まだ18になったばかりの彼でさえ、そんな野望があるんだ。
「俺は……借金返せれば」
「借金?」
 一夜が眉を潜める。
「あ、ほら。昨日ボトル割った……」
「あー! 瑞希さんだったんですか、あれ。ルイ四本でしたっけ? 災難っすねぇ」
「三嗣」
 兄に凄まれ、口をつぐむ。
「瑞希だって辛い日々が始まるんだから、お前がフォローしてやれよ。他人ごとにとってるんじゃねえよ」
「え」
「いち兄……わかったよ。瑞希さん、頑張りましょうね!」
「あ……はい」
 タイルを磨き上げ、俺達はトイレを後にした。

 荷物をまとめて帰ろうとしたが、事務室から丁度出て来た類沢に捕まる。
 一夜と三嗣が焦りながら別れを告げ、出て行く。
「終わったの?」
「はい」
 類沢が店内を見回す。
「どうだった」
「わかんないことばっかで……」
 ふっと息を洩らす声が聞こえた。
「すぐ慣れるよ」
 すぐに、と付け加えて俺の背中に手を回す。
「わっ」
「ナニ?」
「い、いや……手」
「アパート引き払ったから」
「は?」
 俺は瞬きを繰り返してしまう。
 引き払った?
 え?
 部屋?
 俺の部屋の話をしてるのか。
「だから、帰るよ」
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